GEMINI
とつぜん私の職場を訪ねてきた女性は、以前勤務先が同じだったAさんだった
これは30歳になって間もないころの話です。その頃の私は大阪福島区に新しくオープンしたホテルPに勤めていました。その前まで勤めていたRホテルから転属してきたのです。
ある日職場のフロントオフィスで裏作業を行っている時、表に立っていた同僚が、「オーさん来客ですよ、きれいな女性の方です」と突然告げに来ました。
「きれいな女性の来客っていったい誰だろう」とやや首をかしげながら、カウンターに出てみると、どこかで見たことのある女性がいくぶん遠慮がちな表情で立っていました。
「どこかで会ったことがあると思いましたが、果たして誰だったろう」と考えている間に相手が口を開きました。「Rホテルのお仕事で一緒だったAです」
R`ホテルはつい3ヶ月前まで在籍していた職場です
彼女にRホテルでご一緒だった、と指摘されて改めて気づいたのですが、それは私が3か月前まで在籍していた職場です。
そこでの最後の職場はフロントオフィスでしたが、その場所にこの女性はいなかったはずです。
「はてRホテルのどこで一緒だったのだろうか」と、少し時期を遡って考えてみたところ、やっと思いだしました。
「そうだフロントオフィスの前の客室係をしていた頃に知り合った同期入社のAさんではないだろうか」と。
7〜8年前のことで定かではなかったのですが、滅多にいないと思えるほどの、その美貌からして、彼女に違いないと思ったのです。
でもそうだとしても、彼女とは別に親しい間柄ではなく、出会ったとき挨拶を交わす程度で長く話したことなど一度もありませんでした。それゆえ名前以外はまったく知らないのです。
Aさんは職場で評判の美人だった
あえて知ってるといえば、彼女は同期入社20名ほどの女性の中で際立った美貌の持ち主であるということで、その印象が強烈だったゆえ7年過ぎたその時でも顔を覚えていたのです。
でもこちらが覚えていたとしても、彼女の方が自分のことを覚えていたのは不思議です。彼女にしてみれば私は単なる同期入社15名ほどの男性社員の一人にすぎなかったはずだからです。
どう考えてみても私という男性をいつまでも忘れ得ないほどの強いインパクトを与えたとは思えません。それ故にいくら考えても突然の訪問を受けたことが解せないのです。
とはいえ、彼女の突然の訪問に私は大いに驚いたものの別に不快ではありませんでした。
というのも彼女が評判の美人だったからに違いありません。たとえどんな形にせよ、美人の訪問を受けていやな気持になる男はいないと思います。
それに、同僚たちに「オーさんには、こんな美人の知り合いがいたのか」という羨望の気持ちを抱かせるのも小気味良いものです。
なにしろ、彼女は回りのすべての男性を虜にするほどの素敵な美人女性だったのですから。
彼女はなぜ親しくもなかった私をわざわざ訪ねてきたのだろう
それにしてもなぜ彼女は親しくもなかった私をわざわざ訪ねてきたのだろうか、という疑問はその後長い間消えませんでした。
繰り返しますが、彼女とは同期入社の関係で顔見知りだとは言うものの、出会ったときに挨拶を交わす程度で、親しく話したリ、行動を共にしたことは一度もないのです。
この程度の密度の薄い関係では、一般的に一方がわざわざ相手の職場を尋ねてくることなどないことだ、と思うからです。
とはいえ、かつて私は心の隅で、こんなにきれいな人を彼女にできたらどんなに幸せなことだろうと憧れたことはあります。
ひょっとしてそんな私の下心を彼女は見透かしていたのかもしれません。もしそうだとしたら、彼女の突然の訪問は分からなくもありません。
つまり、自分に憧れていた僕を甘く見て「この人だと聞いてくれるかもしれない」何か頼みごとを企てて、やって来たのかもしれないのです。
驚くべきかな、彼女の目的は保険の勧誘だったのだ
悲しむべきかな、私のそんな予想は的中しました。
さすがに遠慮がちな表情はしていたものの、彼女の口から出た用件は、なんと「生命保険に入っていただけませんか」というものでした。
訪ねてきて、最初に見た彼女は、最初に出会った頃の美貌は幾分失せていて、何か疲れていて寂しそうな雰囲気が漂っているのを感じました。
そんな様子から、ひょっとして彼女は何か頼み事をするためにやってきたのでは、と思っていたのですが、その予想が的中したのです。
驚くべきことに、彼女は保険の外交員になっていたのです。
その頃の私は保険の外交員のことを、いわゆる「おばちゃん」と呼ばれるような50歳を超えた、年配女性の仕事と思い込んでいました。
それ故に、まだ30歳にも手の届かない彼女のような若い彼女が、その職業に転身していたことに大きな驚きを感じたのです。
何故私は彼女の頼みを即決で承諾してしまったのか
最後に私の後悔話しを書くことにします。彼女が保険のセールスレディに転身していたことに大きな驚きを感じた私ですが、「生命保険に入ってください」という彼女のリクエストには、ほとんど抵抗することなく承諾してしまったのです。
でも、数日後には、これが大失敗であったことに気がつきました。
生命保険の契約は人生で数ある契約ごとの中でも決して小さなものではありません。それ故に頼まれたからとはいえ、簡単に決めていいものではありません。
ましてや私は既に妻帯者の身で、妻も子どももいたのです。生命保険は必要なものとはいえ、当然配偶者である妻に相談して決めるべきものです。
それを独断で、しかも特に親しくもなかった女性から頼まれたその日に即決で承諾し、契約を結んでしまったのです。
なんという軽はずみな行為でしょうか。
このことで妻との関係に少なからずヒビが入ったことは言うまでもなく、その後しばらくしてからの離婚の一因になったことは確かです。
(Part 2)につづく