🍂 秋がすき
私が四季の中で最も愛してやまない季節、そ
れは秋である。春の萌えるような希望や、夏
の燃えるような情熱、冬の静謐な厳しさとは
また異なる、秋だけに許された奥ゆかしい魅
力に、毎年心は掴まれてしまう。
秋の訪れは、まず匂いによって知らされる。」
真夏の照りつけるような日差しが遠のき、
朝夕の空気に混じるようになる、あの切なく
も甘い香りだ。それは、干し草の匂いにも似
た大地の熟成した気配と、どこか懐かしいキ
ンモクセイの残り香が織りなす、複雑なアン
サンブルである。深呼吸をするたびに、肺の
奥まで澄んだ空気が流れ込み、五感がリフレ
ッシュされるのを感じる。この清涼感こそ
が、秋の醍醐味の第一歩だ。
そして、その香りに導かれるように、景色は
劇的に変化していく。青々としていた山肌や
公園の樹々が、まるで画家のパレットの上で
混ざり合ったかのように、赤、黄、橙の暖色
系へと大胆に色を変えていく。ことに、風に
揺れるイチョウの黄金色や、燃えるようなモ
ミジの緋色は、一瞬たりとも見逃したくない
絶景だ。これらの紅葉が、空の青さと、陽の
光の透明感と相まって、目にも鮮やかなコン
トラストを生み出す。これらの色調は、生命
の終わりではなく、むしろ豊かな稔り(みの
り)を祝福しているようで、見る者の心を穏
やかに満たす。
秋がもたらす変化は、自然界だけにとどまら
ない。人間の営み、特に食と芸術の分野で
も、秋は圧倒的な存在感を示す。「食欲の秋」
という言葉が示す通り、この季節は地球が人
類に与える最大の恵みの時期だ。新米のふっ
くらとした甘み、焼き魚から立ち上る香ばし
い煙、そして栗や芋、カボチャといった自然
の甘みが凝縮された食材の数々。テーブルに
並ぶ料理は、夏を耐え忍び、大地が力を蓄え
た結果であり、感謝の念を持って口に運ぶた
びに、生命の循環を感じずにはいられない。
また、「芸術の秋」も、私を惹きつけてやまな
い要素だ。気候が安定し、日が短くなること
で、内省的な時間が自然と増える。この季節
には、読書や映画鑑賞、あるいは静かに音楽
を聴くといった、知的な活動への意欲が湧き
やすい。日中の活動的なエネルギーが収ま
り、落ち着いた環境の中で、深く思考を巡ら
せる。夏の喧騒から一歩引いたこの静寂な時
間が、創造性や感受性を高めてくれるのだ。
一枚の絵画をじっくり鑑賞したり、難解な小
説の一節に心を傾けたりする行為は、秋とい
う季節の静かなる祝福の中でこそ、真価を発
揮する気がしている。
秋のもう一つの顔は、**「寂寥(せきりょ
う)の美」**である。賑やかだった夏の祭り
の余韻が消え、冬の冷たい沈黙が訪れるまで
の短い期間、世界はどこか物憂げな表情を見
せる。落ち葉が風に舞い、冬支度を始める生
き物たちの姿は、避けられない時の流れ、過
ぎ去るものへの切なさを喚起する。しかし
、この寂しさは決してネガティブなものでは
ない。むしろ、儚さを知っているからこそ、
今この瞬間の美しさが際立つという、日本的
な美意識、「もののあわれ」に通じる深みがあ
る。
秋の夕暮れの、あの濃い群青と茜色のグラデ
ーションを目にするたび、私はこの季節を好
きになって良かったと心から思う。それは
、一年の中で最も感情が揺さぶられ、最も美
しさに敏感になれる季節だからだ。
秋は、ただ過ぎ去る季節ではない。豊かな収
穫と、静かなる思索、そして別れと再生の予
感を同時に提示する、最も人間的で、情緒に
満ちた季節なのである。だからこそ、私は秋
がすきだ。今年もまた、この恵まれた季節
を、ゆっくりと、大切に味わい尽くしたいと
願っている。

