2026年1月25日日曜日

使ったことありますか? ・ ホテルの「ぶら下げカード」いろいろ ・再掲載シリーズ No.19

 

初出:2012年6月4日月曜日

更新:2026年1月


 昭和60年代の終わり頃といえば大都市といえども今と違ってまだホテルの数は少なかった。

 わたしはその頃から大阪を代表する名門ホテルに勤めていた。

 その当時、一流といわれるホテルには今の人があまり知らない珍しいサービスがあった。

 その一つは靴に関してのサービスである。

 夜チェックインして部屋に入る時、靴を脱ぎドアの外に置いておくと、翌朝にはその 靴がきれいに磨かれているのだ。

 こうしたサービスは昭和70年代はじめまでのことで、今は残っていない。

 なかなか奥ゆかしい気の利いたサービスであり、今思い出すと懐かしい。

 またその当時、よくドアのノブにぶら下がっていたのが今回のテーマである写真のようなカードである。

 当時勤めていたホテルには一つのフロアに50ぐらい客室あったが、それらの部屋には、いつも何室かのドアノブにこのカードがぶら下げてあった。

 だがこのカード、はたしてなんと呼ぶのか?当時から今に至るまでその名前がはっきりしないのである。

 一説では「DDカード」というとも言われている。

 そのDDが何を表すかといえば、その中の一枚に「Don't disturb please」(写真、黒のカード)と書かれたものがあり、 つまり「邪魔しないでください」ということで、平たく言えば「起こさないでください」とか「部屋に入らないでください」というサインなのである。

 DDはこの「Don't disturb please」の頭文字2字を採ったものと言われているのである。

 ではなぜこうしたサインを出さなければならないかというと、当時の一流と言われるホテルには客室係のメイド(ボーイ)さんがフロアに詰めていて、彼女(彼)らが飲料水の取替えやメークベッド(就寝時間前のベッドの準備)、または清掃などで部屋を巡回していた。

 だが、客としては睡眠の邪魔をされたくなかったり、その他諸々の理由で部屋を訪れてほしくないときがある。

 そうしたときにドアノブに掛けるのがこのカードなのなのです。これを掛けておくと、ドアのノックさえされないのである。

 こうしたカードだが、よく利用していたのはもっぱら欧米からの外国人客で、日本人をはじめその他の国の人はあまり使っていなかったようである。

 それはやはり、こうした風習がホテル先進国の欧米で始まったことだからに違いない。

 さて、こうしたカード、外国のホテルはもちろん、国内でも一部の伝統ある都市ホテルには今でも残っているようですが、皆さんは利用したことありますか?


2026年1月22日木曜日

T.Ohhira エンタメワールド〈5〉紳士と編集長(1)

                   

 

 adobe stock                                



小説『紳士と編集長』要約   by GEMINI

 ある日、主人公の青年「僕」は駅前のバス停で、初老の紳士から声をかけられる。紳士は、僕が読んでいた創刊号の雑誌『リベーラ』に強い関心を示し、上品な物腰でその内容を絶賛した。紳士の洗練された風貌に惹かれた僕は、バスを一台見送ってまで再会を待ち、二人は後日、喫茶店で言葉を交わすことになる。

 紳士は自らを弁護士の「木谷」と名乗り、甥がその雑誌の編集長を務めているのだと明かした。ロンドン留学の経験を語り、知的な話題で僕を魅了する木谷に、僕は深い信頼を寄せていく。しかし、交流を重ねるうちに、木谷の言動にわずかな綻びが見え始める。留学先を「ロンドン」と言ったかと思えば次は「パリ」だと言い張り、あんなに熱心だった雑誌の話題にも興味を失ったかのような素振りを見せる。そして三度目の夜、公園のベンチで木谷は突如として僕の手を握ろうとし、執拗に身体的な接触を求めてきた。その豹変ぶりに恐怖を感じた僕は、彼を振り切って逃げ出す。

 困惑する僕のもとに、後日、木谷の息子から電話が入る。そこで明かされた真実は、僕が抱いていた紳士像を根底から覆すものだった。木谷の本職は弁護士ではなく会計士であり、現在は重度の「躁鬱病」を患って通院中だというのだ。雑誌の編集長の甥という話も、留学の経験も、すべては病による「大言壮語」が生んだ空想に過ぎなかった。息子は、父が「躁」状態にあるため、これ以上の接触を控えてほしいと僕に懇願する。

 冬が訪れたある日、僕は公園で偶然木谷に再会する。かつての活気は消え、うつろな表情で大量の買い物を袋に詰める彼の姿は、辞書で調べた「躁鬱病」の症状そのものだった。僕はいたたまれなさを感じ、足早にその場を立ち去る。華やかな紳士の仮面の裏側にあった、病と孤独という残酷な現実を突きつけられた僕は、夜の冷たい風に吹かれながら、彼に対してやるせない同情を抱き、一人佇むのだった。



                                        1

 

その初老の紳士が話しかけてきたのは、僕が駅前バス停前の地下街入り口のコンクリートの囲いにもたれて、その月発刊されたばかりの雑誌の目次に目を通している時だった。


おおかたの月刊雑誌と同じサイズでA5版のその雑誌は、厚みこそ週刊誌並ではあったが、〈リベーラ〉という名前にどことなく知的な雰囲気を漂わせていて、目次を読む段階で僕はすっかり魅了されていた。


「あのすいませんが」

紳士はセリフこそ月並みであったが、すこぶるトーンのいい上品な声で僕にそう話しかけながらすぐ横に立っていた。


「はい。なんでしょうか」

クリーム色の薄手のスーツを粋に着こなしたその身なりのいい紳士にチラッと目をやって、わずかな警戒心を抱きながら、僕もまた月並みの返事をした。


「今お読みのその雑誌、今月発刊されたばかりのリベーラですね」

「ええそうですが、それがどうか」


警戒心は少ないものの、見ず知らずの人からの思わぬ質問に、やや当惑気味にそう答え、あらためてその紳士に視線を送った。


六十を少し超えているだろうか、頭髪はほば半分くらい白く染まっているが、黒とまだらになったその髪が妙に顔立ちとあっていて、それがこの人の風貌をより魅力的に見せていた。


「いかがですかその雑誌。おもしろいですか?」

さっきより少し表情をくずして紳士がまた聞いた。


「ええまあ。中身はこれからですが目次を読んだかぎりではなかなかおもしろそうですね。それにこの表紙とか装丁とかもこれまでのものにないユニークさもっていて」


何者かはわからなかったが、そこはかとなく上品さを漂わせているその紳士に、僕はもうすっかり警戒心を解いていて、思ったまま正直に感想を述べていた。


「そうですか。それを聞いてわたしも大変嬉しく思います。実はこの雑誌なんですが」紳士がそう言って次の言葉をつなごうとした時、目の前に僕の乗るバスがやってきた。彼はどうやらそのバスでないらしく、それに乗るんですかと、問うようなまなざしで

僕を見ていた。


「では僕はこのバスに」そう言いかけて、バスの方へ一歩踏み出してから思った。 

どうしよう、あの人まだ何か話したそうだし、このままこれに乗ってもいいものだろうか。バス一台遅らせて話を聞いてみようか。でも次のバスまで三十分もある。今日は少し疲れているし、さらに三十分も待つのキツイな、やっぱりこれに乗ろう。あの人にはまた会えるだろうし、話は次に機会に聞けばいいんだし。


そう結論を出して、今度は彼に向かって会釈しながらはっきり言った。

「あのう、僕このバスに乗りますから、いつもだいたいこんな時間にここから乗りますので、また次にお会いしたときに」


僕のその言葉に、彼は少し名残惜しそうな表情を見せたが笑顔はくずさず、「はい。じゃあその時に」と言って、ゆっくり頭を下げていた。


バスが発車して駅前を左折してからも、まだその紳士のことが気になっていた。


「実はこの雑誌なんですが」で途切れた、いや途切れさせてしまったあの言葉、いったい後にどういうことが続くのだったんだろうか?それにしても全身に漂わせいたあの上品な雰囲気、人口六十万のこの地方都市にだって、あの歳のあんな人はめったにいるもんではない。ああ言って別れたんだから、近いうちにまた会えるには違いないけど、こんな気持ちになるんだったら、例え三十分待つにしても次のバスにして、話の続きを聞けばよかったのかも。


そんな後悔めいたことを考えながら、ふと気がついて手にしたままのリベーラの表紙をまじまじと眺めていた。


その次の日、昨日とほぼ同じ時刻にバス停にやって来て、今度はスタンドで買ったスポーツ紙を読みながら立っていた。十分ほど待って昨日乗ったバスがやって来て、ぼく以外の数名を乗せて発車した。


そこへ行く前から、今日はたとえ一~二台やり過ごしてもあの人の話を心ゆくまで聞いてみよう。と決めていただけに、次のバスを待つことになんら苦痛めいたものは感じなかった。でもそれにも限度があった。そこでおおかた三十分ちかく立っていたのに、いっこうに昨日の初老の紳士が現れるけはいはなく、僕は少しソワソワしはじめていた。


昨日、別れ際に確かに言ったはずだ。「いつもだいたいこの時間にこのバスに乗りますから、お話は次にお会いしたときに」と、そして彼も「はい。じゃあその時に」と答えていた。


それを今日だと思うのはこちらの勝手なんだけど、でもまあいいか、もし今日会えなければまた明日ということもあるんだし。


そんなふうに考えながら、昨日は話の腰を折って、自分の方から先にバスに乗ってしまったというのに、一夜明けただけの今日は、その話の続きを聞くために、今度はあっさりバスをやり過ごしてまで、くるという何の保証もないのに彼のことを熱心に待っている。そんな自分が我ながら滑稽に思えてきて、思わずニタッと照れ笑いを浮かべると、それを読みかけのスポーツ紙に投げかけていた。


つづく


次回1月29日(木)


2026年1月18日日曜日

AIが書いたエッセイシリーズ(5)日本人、中国人、韓国人 それぞれの長所と短所について By GEMINI

 

             adobe stock

日中韓 顔は似ていても気質は大きく異なる


東アジアに隣り合う日本、中国、韓国の三カ国は、漢字文化圏や儒教的価値観を共有しながらも、それぞれが極めて対照的で個性豊かな国民性を育んできた。これら三国の気質を比較することは、単なるステレオタイプの抽出ではなく、互いの違いを認め、共生への道を探るための重要な手がかりとなる。

まず、日本人の最大の長所は、集団における**「調和(和)」と「細部へのこだわり」にある。

規律を重んじ、他者への配慮を欠かさない姿勢は、世界でも類を見ない社会の安定と清潔さを生み出している。

また、一つの物事を極めようとする「職人気質」は、高度な技術力や丁寧なサービスへと結実している。

一方で、その裏返しとしての短所は、「同調圧力」と「意思決定の遅さ」**である。周囲の目を気にしすぎるあまり、個人の独創性が埋没しやすく、危機に際しても前例踏襲に陥り、大胆な変革を躊躇する傾向がある。

次に、中国人の長所は、圧倒的な**「生命力」と「プラグマティズム(実利主義)」である。

広大な国土と長い歴史の中で培われた彼らのバイタリティは凄まじく、未知の環境でも即座に適応し、商機を見出す。面子を重んじつつも、本質的には非常に合理的で、目的達成のためにはルールすら柔軟に解釈する。

しかし、この強すぎる個の力は、短所として「公徳心の欠如」や「性急さ」**として現れることがある。身内や利益を共有する仲間は極めて大切にする一方で、それ以外の公共の利益や長期的な信頼関係よりも、目先の果実を優先してしまう危うさを孕んでいる。

そして、韓国人の長所は、情熱的でダイナミックな**「行動力」と「絆の深さ」である。

「パリパリ(早く早く)」という言葉に象徴されるスピード感は、IT大国への急成長やエンターテインメントの国際展開の原動力となった。情に厚く、一度身内と認めれば家族同然の深い絆を結ぶ人間味も魅力である。

反面、短所としては「感情の激しさ」と「二極化しやすい思考」**が挙げられる。情熱は時に激しい対立を生み、客観的な論理よりも感情的な納得が優先されることがある。また、激しい競争社会ゆえに、勝ち負けや上下関係にこだわりすぎる面も見受けられる。

これら三国の特性を俯瞰すると、興味深い構造が見えてくる。日本が「静」であれば、中国は「動」、韓国は「熱」である。

日本人が組織の「型」を整え、中国人が「実」を取り、韓国人が「勢」をつける。それぞれの短所は、実は長所が極端に振れた結果に過ぎない。

大切なのは、どの気質が優れているかを論じることではなく、**「違いを補完関係として捉える」**視点である。

日本の精密さが、中国の爆発的なスピード感や韓国の情熱的な突破力と結びついたとき、東アジアは世界を牽引する比類なきエネルギーを生み出すはずだ。

グローバル化が進む現代において、私たちは隣人の顔を「似ている誰か」としてではなく、「全く異なる背景を持つ個」として尊重する必要がある。

己の短所を自覚し、隣人の長所に学ぶ謙虚さを持てたとき、この三国の境界線は、対立の壁ではなく、豊かな創造の交差点へと変わるのではないだろうか。


2026年1月15日木曜日

お笑い芸人が書いた最高に素晴らしいエッセイ集


 

田中卓志エッセイ集「ちょっと不運な方が生活は楽しい」がおもしろい

図書館の人気本コーナーでこの本を見たとき、「あっ田中卓志の本がある」と、躊躇なく手に取ってすぐ貸し出し受付へ急ぎました。


2年前に「ベストエッセイ2022」で彼のエッセイを読んで、これほどエッセイが上手なお笑い芸人がいたのかと、いたく感心した記憶があったからです。


そのエッセイ集のタイトルは「ちょっと不運な方が生活は楽しい」といいます


田中卓志に注目したのは「ベストエッセイ2022」を読んでから


上で書いたように「田中卓志はお笑い芸人だが、それだけでなくエッセイストとしても素晴らしい才能を持っている」と私が注目したのは今回紹介する本「ちょっと不運な方が生活は楽しい」を読んだからではありません。


これ以前の2年前に、毎年1冊出版されている「ベストエッセイ2022」を読んだときです。


その本には前年に発表され出版物に載せられたすべてのエッセイの中から優れたもの70篇が掲載されています。


その中に田中卓志のエッセイ集「ちょっと不運な方が生活は楽しい」に収録されている「最高の食事」という作品が載っており


それを読んで、お笑い芸人にこれほどエッセイが上手な人がいたのか」といたく感心したのです。


それを知っていただくために、下にその作品の抜粋を載せます。



・・・・・・・・・・・・・・・・  

 

   最高の食事(抜粋)


 お弁当にまつわる話がもう一つある。

 それは某バラエティ番組に参加した時の話で、何人かの芸人とその母親も一緒に出演していた。

 母親は息子が小さい頃に作っていたお弁当を再現して持って来ており、それを色々なタレントさんが見て、食べたいと思うお弁当を順に指名していく。

 選ばれたら抜けていき、最後に誰のお弁当が残るのか? という趣旨の企画だった。


 僕の母親が提出したお弁当を見ると、本当に僕が中学生や高校生の時に食べていたお弁当そのままで、冷凍の唐揚げ、プチトマト、卵焼き、白いご飯、半分に切ったみかんなどなど、一切テレビ的な演出の入っていない、無防備なお弁当だった。

 収録は進み、僕の母のお弁当はなかなか選ばれないまま、最後の2択にまで残ってしまっていた。


 僕の母親はこれまでにもしょっちゅうテレビに出演していたし、バラエティにも慣れていて、毎回驚くほど笑いをとって帰るので、正直、どう転ぼうが心配ないと思っていた。


 そして、最後の判定でタレントさんが選んだのは母のお弁当ではなかった。母のお弁当は最下位になった。


 選ばなかった理由を尋ねられたタレントさんは「冷凍食品が入っていて愛情を感じられない」と言った。


 タレントさんも何か言わなければならないから、仕方なくそう理由を言ったのだろうし、悪くはない。


 それを聞いて、「さあ母の面白いコメントが出るぞ!」と思いながら待っていると、どんな状況でも強気で笑いを振りまいてきた母が落ち込んでしまっていた。


 いつもの笑顔が消えて、ただうつむいていただけだった。


 これを見た瞬間、僕はヤバイ……と思った。確かに母はバラエティモンスターかと思うくらい面白い人だけど、芸人ではない。特にこういう母としての愛情を問われることに対してうまく返せるような強さは持ち合わせていない、一般の人だということを忘れていた。


 あまりに母が強い人だから大丈夫だと思いこみすぎていたことに気づき、僕はここから、自分のバラエティ人生の中でも3本の指に入るくらいの、大立ち回りをする!


「おい! お母さん落ち込んでるだろ! 冷凍食品がダメとか言うけどな、うちのお母さんは共働きで看護師をやっていて忙しかったんだよ! 3交代で忙しい中、弁当も作ったから、冷凍食品くらい入るんだよ! でもな、身長を一番伸ばしたのはこの弁当だ!」


 すると、母は涙を流していた。


 看護師時代の母は、朝8時に出て行って夕方帰ってきてから僕たちのご飯を作ったり、準夜勤だと16時から病院に行って0時に家に帰ってきたり、23時に病院に行って朝9時に帰ってくることもある、生活が不規則になる大変な仕事をしていた。


 なかなか親への感謝の気持ちなど伝えるタイミングがないから、こんな状況がきっかけといえど、お弁当を3人兄弟分きっちり作ってくれたことに感謝していたと言えて良かったと思ったし、自分が働くようになって、仕事をしながら子育てするなんて凄すぎるな~と感じていた矢先でもあったので、そういう尊敬の言葉がスルスルと出てきた!


 たぶん、仕事が暇な頃だったら、そんな言葉は出なかったと思う。

 それを言い放った勢いで、スタジオで母のお弁当をバクバク食べて「母ちゃん美味いぜ!」と言うと、母はありがとうと答えてくれた。


 この状況がウケたので、これで何とかなった! と思いホッとしていると、周りの他の芸人のお母様がみんな泣いていた。


 これで番組的なオチもついて、結果的には全てが上手くいった。


 ここまで読んでもらったら、自分の好感度も上がるような気がするけれど、この大立ち回りをした人物は、過去に家族に嘘をついて芸人になり、母親を泣きながら膝から崩れ落ちさせたことがある人物と同一人物なので、お忘れなく。

出典:「ちょっと不運な方が生活は楽しい」田中卓志 新潮社



田中卓志は母親から多大な影響を受けている


この作品は発表されたときSNSで大反響があったと言いますが、読んだ誰もに涙を誘わせる感動の一篇です。この作品を書いたのも彼が日頃から母親に強い愛情を抱いているからに違いありません。作品を読んでもよくわかりますが彼は母から多大な影響を受けているのです。


・・・・・・・・・・・・


「ちょっと不運な方が生活は楽しい」出版社内容情報


「どこかの優しい誰かが読んでくれたら……」アンガールズ田中の初エッセイ集! 真面目すぎる性格なのにふざける仕事を志し、第一印象が「キモい」だった山根とコンビを組み、港区女子合コンの悔しさをバネにめでたく結婚。人気芸人の悲喜こもごも(悲、強め)の日常は、クスリと笑えて妙に共感。「ベスト・エッセイ2022」にも選出され280万人が涙した、母のお弁当の思い出を綴ったあの一編も収録!

内容説明

アンガールズ田中、初のエッセイ集!書き下ろし「相方か友達か」「結婚相手の条件」を含編。人気芸人の悲喜こもごもの日常は、クスリと笑えて妙に共感。

目次

停電したなか卯で通じ合った
いじめっ子とお笑いと
18歳、なんでもない人間
人生で一番の修羅場
休み時間の変態ごっこ
ブレイクはしたものの
最高の食事
朝のパチンコ屋で
「待て!そこの新選組!!」
初めてのテレビ収録
空手と嘘
ヤンキーにからまれたら
無防備な魅力
山から降りてくる鳥使い少年
18年目のジャンガジャンガ
幻のパワーワード
港区女子と紅茶と僕と
リミッターが外れた
ランキングの信憑性
薄毛の僕だから
相方は友達か
結婚相手の条件