2025年8月24日日曜日

(故)大平正芳(元首相)をめぐるエピソード2題 《Playback Series No.10》

 


初出:2019年7月 1日

更新:2025年8月24日




故)大平元首相に関する取っておきのエピソード


(その1)チャック開いていますよ


今はもう無くなりましたが、大阪の中の島に、大阪グランドホテル(2009年閉館)という老舗ホテルがありました。国内のVIPや外国の要人がよく泊まる大阪屈指の高級ホテルでした。

余談ですが作家の森村誠一氏は若い頃ホテルマンでしたが、その彼が一時期働いていたのがこのホテルです。

わたしは20代前半、このホテルでフロントクラークとして勤務していたのですが、ある年の春ごろでしたか、その頃はまだ外務大臣であった大平正芳氏が宿泊のためにやってきました。


実は氏の家と私の父の家は、互いの祖父が兄弟という本家と分家の関係の遠縁にあたります。


翌日の朝、出発前にロビーで挨拶しました。初対面の私が自己紹介すると、彼はいきなり「五郎は元気か?」と尋ねました。五郎とはわたしの父の名前です。


彼は長い間(何十年も)会っていない父の名前をちゃんと覚えていてくれたのです。


父は「子供の頃はよく一緒に遊んだ」と話していましたが、彼の言葉はそれが事実であることを証明してくれました。


それはさておき、そう言った彼の姿に目をやると、なんとズボンの前のチャックがぽっかりと開いたままになっているではありませんか。


そんな姿のまま、人の多いロビーを堂々と歩いていたのです。

私がすかさず「チャック開いていますよ」というと、彼は「あっそうか」と少しも悪びれた様子もなく、おもむろにチャックに手を伸ばしていました。



(その2天井から頭上に刀を吊るして

 

私の父はかつての大平正芳氏について、こんな話をしていました。


香川県の旧制観音寺中学から東京商大(現、一橋大学)に進んだ彼は、すごい勉強家だったそうです。


何がすごいかというと勉強に対するそその姿勢です。

勉強を長く続けるためには中断しないことが大切で途中でむやみに立ち上がらないことです。


とはいえ、立ち上がって中断することを止めることは簡単ではありません。

彼はどうしたら立ち上がらないようになるか工夫を凝らしました。

その結果、天井から頭上の位置に刀を吊るすことを思いついたのです。


うっかり立ち上がると刀が頭に刺さるので怖くて立ち上がれなくなるからです。


それほどまでして彼は勉強に打ち込んでいたのです。


2025年8月21日木曜日

T.Ohhira エンタメワールド〈3〉ナイトボーイの愉楽(6)

                      

adobe stock


                                                         

 6


 その夜、二時から六時までの二班に分かれての仮眠時間に、道夫と小山は前半二時間のA班に当たっていた。二人はクロークの奥の控え室に行くと、少し汗臭い毛布と枕を取り出し、それを抱えていつも仮眠場所と決めているティラウンジの奥のソファーに向かって歩いて行った。

 

「ねえ浜田さん。さっきのあれ、いくらありました?」 すっかり灯が消された暗いロビーを並んで歩いている時、小山がふいにたずねた。

 「ああそうそう、お前あの後すぐ客に呼ばれて客室の方へ行っただろう。それで渡せなかったけど、二千円あったよ、二千円」 


本当は三千円入っていたのだが、小山は後輩だし、それにニューリバーホテルに当の外人がいるのを探したのは自分なのだから、彼へはそれでいいのだと、さっきから勝手に決めていた。


 「へえー、二千円も。よかったですねえ浜田さん。とんだ臨時収入が入って」

 「うん。でもなおれ、今日チップ少なかったろう。だから半分はそれに上乗せしなけれなならないんだ。そうすると残りは五百円だけだよ」 相手を甘く見てか、道夫はまたいいかげんなことを言った。


 「そうでしょうねえ、浜田さん今日は十一時からがエレベーターで、その後の十二時からはラウンジ当番だったし、チップを稼ぐ暇は無かったですよね」

 小山は何の疑いも持たず屈託なく答えた。この男、本当に気のいい奴なのだ。


 二人は階段を上がり、一階のロビーよりももっと暗いラウンジの中を、何かにぶつからないようにと、手さぐりで注意深く進んで行き、一番奥の長いソファーが二つ並べてある所までくると、抱えていた毛布と枕をその上に荒っぽく放り投げた。

 小山に約束の千円を渡した後で道夫が言った。

 

「なあ小山、俺たちいつもこんな所に毛布を広げて眠っているけど、何かお客さんに悪いような気がしないか? 昼間だと、ここにはいろんなお客さんが座ってお茶を飲んでいるというそんな場所で、ほらっ、お前が今、毛布を広げようとしているそのソファーだっって、ついこの前、映画の記者会見の時、女優のYHさんが座っていた所だよ」


 「そう言われてみればそうですねえ。お客さんは知らないこととは言え、あまりいいことではないですねえ。でも僕は先輩の真似をしているだけだし、それに森下リーダーもこのことに関しては、あまりうるさく言いませんからねえ」


「そう言えばそうだなあ森下リーダー。ひょっとして仮眠時間に自分だけ客室を使えることで皆に気を使っているのかなあ。それであの汗臭い仮眠室へ行け、とは言わないのかなあ。


でもまあいいや、夏にはあの仮眠室も改築されてきれいになるそうだから、お客さんには悪いけれど、それまではここを使わせてもうらおうよ」 道夫はそう言いながらソファーの上にゴロッと仰向けになり、ソバガラの枕に頭をつけた。


小山が何か言うかと思って黙っていると、聞こえてきたのは「スヤスヤ」という心地よさそうな寝息だけだった。 こいつまったく寝つきがいいんだから。


そうは思ったものの、道夫もをすぐにそれに加わり、広いラウンジの隅で二人はスースーと寝息の二重奏をかなでていた。


それから十日間ぐらい道夫は一度も遅刻をしなかった。 昼間通っている英語学校を三時に終えると、以前だとそれから少し盛り場をうろついて、六時か七時に下宿に帰っていた。でも三回目の遅刻をしたその次の日からプッツリとそれをやめ、四時には神崎川の下宿に着いていた。それから近くの銭湯のいき、五時になるともう蒲団の中に入っていた。その後、出勤の八時半までが道夫にとっての本格的な睡眠の時間なのである。 


職場での仮眠時間を併せると五時間半の睡眠時間であり、平均的には少し短いかに見えたが、昼間の英語学校での居眠りを入れるとけっこう足りていて、別段寝不足だとも思えなかった。もっとも遅刻が続いていた頃は、トータルでこれが二時間ほど少なく、その為に、つい寝過ごしてしまっていたのだ。


四月も終りの土曜日のその夜、道夫はなぜか出勤前からウキウキしていた。

いつものように梅田でバスを降りると、週に何度か行くガード下のうどん屋へ入り、好物のテンプラうどんを頼んだ。ホテルで夜食が出るので、出勤前の腹ごしらえとしてはこれでじゅうぶんだ。 


熱いうどんの汁をすすりながら、昨夜エレベーターの中でマッサージ師の十一番さんと話したことを思い出していた。


十二時にその日最後のエレベーター当番について十五分位たった時だった。

十二階まで二人の客を送って、下に下りている時、九階で乗り込んできたのが十一番さんだった。


彼女にはあの後も三〜四回会っていた。でもいずれの時も、ただ顔を会わせるだけで、口もきいていなかった。と言うのも、このところ道夫のエレベーター当番は客の出入りの多い早い時間帯ばかりで、彼女がエレベーターに乗り込んできた時はすべて他の客が同乗しており、個人的な話をする機会がなかったのだ。


ただこの数回、お互いにきっちり目をを合わせて微笑みながら別れたせいか、口はきかずとも以前に比べるとずっと親密感は増している。と道夫には思えた。


「あら今晩は。この時間当番だったの?」 久しぶりに聞く十一番さんのハスキーな声だった。 


「はい。今日は最終に当たったもんですから。お仕事はもう終りですか?」

やや胸の高まるのを感じながら、彼女にチラッと目をやってから聞いた。


「いいえまだなの。あと一回残ってるのよ。これからフロントへ下りて、終わった時間をノートに記入して、次は十一階へ行くの。今度のお客さんは外人さん。大変だわ。体が大きいので力が要って」 


そう言ってニコッと微笑んだ十一番さんの目尻にできた細いしわに、なんとも言えない中年女性の魅力を感じながら道夫はうっとりとしてその顔を眺めていた。


「あの、今度は何時に終わるのですか? よかったらその時間に十一階まで迎えにいきますけど」 「あらほんと、嬉しいわそうしていただけると。十二時半からだから、終わるのは一時十五分よ。エレベーターに乗るのは一時二十分ぐらいかしら」


「じゃあ僕、二~三分前に行ってエレベーターを止めて待っています。その頃だともう客の出入りはほとんどありませんから」

「でもあなた、その時間は当番じゃないんでしょう?」

「ええ、一時以後当番はいません。エレベーターを呼ぶブザーが鳴ったとき、手の空いた者が上がってくるのです。どうせ誰かが来るのですから一緒ですよ」


道夫としては久しぶりに巡ってきた十一番さんとの会話の機会を一階に下りるわずか数十秒間で終わらせたくなかったのだ。


「昼間はいつもなにしてるの?」 十一番さんがそう聞いたとき、エレベーターは一階に着いてドアが開いた。 「またすぐに上がるんでしょう。そのとき話します」

道夫のその返事に十一番さんはまたニコッと微笑んで「ええ」とだけ言ってフロントの方へ歩いていった。


それから二〜三分ほどして十一番さんはまたエレベーターの前に戻ってきた。 でも今度は運悪く玄関の方から一人の客がこちらへ向かってきているのが目に入った。

仕方なくその客を待って乗せたため、この時は何も話ができなかった。



つづく


次回8月21日(木)


2025年8月14日木曜日

T.Ohhira エンタメワールド〈3〉ナイトボーイの愉楽(5)

                      

adobe stock

        

「ナイトボーイの愉楽」 どんなお話?


舞台はまだチンチン電車やトロリーバスが走っていて、今 

比べて高層ビルがうんと少なくいくばくかののど

残っていた昭和37年頃の大阪

20歳になったばかりの浜田道夫は中之島のGホテルでナ 

イトボーイとして働き始めた

昼間は英語学校に通っていて、出勤するのは夜9時からだ

が、人とはあべこべの生活スタイルになかなか慣れず、最 

の頃は遅刻を繰り返しておりいつもリーダーの森下さ 

んに叱られバツとして300ぐらいある客室へ新聞配 

 ばかりやらされて腐っていたそんな道夫にこの上なく

 がときめく出来事が巡ってきたホテルへ通ってくるセ

シーな美マッサージ師の11番さんに声をかけられ

 のだ 

「お歳いくつ?、昼間は何しているの?」と。  

               

5

 深夜一時にもなると、さすがに人の出入りも少なく、さっきまでの喧騒が嘘みたいに広いロビーから次第に人影が絶えていき、時おり鳴るエレベーターのドアが開く時のチンという音がやけにはっきりと耳に響いてくる。


 この時間だともうチェックインもなく、仕事が一段落したボーイたちはロビーの隅の小さなカウンターデスクの周りに集まってしきりに雑談を交わしていた。

 話題といえば、今夜自分たちが携わったチェックインのこと。宿泊中の芸能人のこと。明日仕事が終わってからの遊びの予定などというたわいのないものが多かった。


 そんな会話の中で、さっきからロビーの隅のほうを見つめていた後輩の小山君が道夫の肩ををたたいて突然言った。

 「ねえ浜田さん。あの隅のソファーに座っている女の人がいるでしょう。あの人一人でああして一時間以上も座っているんですよ。誰かを待っているのですかねえ」

 小山のその言葉に道夫も視線をそちらの方へ向けてみた。


 少し距離があり、おまけに窓向きにすわっていたため顔は見えなかったが、ソファーの背から少し出た黄色い服の肩口と少し長めの髪を見て、その女性を今夜一度見たことがあると思った。 「ああ、あの人ねえ。どこかで見たことがあるなあ。ああそうだ。さっきラウンジで紅茶を注文した女の人だ。確か十一時半位だったかなあ」

 「へー、じゃあもう二時間以上ここへいるんですねえ。見たところ宿泊客のようでもないし、ちょっと気になりますねえ」 「そうだなあ、そろそろロビーも消灯だし、小山君、行って確かめてきたらどうだ」 「ええいいですけど。でも一人じゃどうも」 

 「いいよ。じゃあ一緒に行ってみようか」


 好奇心も手伝って、道夫は二つ返事でOKすると小山君とともにそちらの方へ歩いて行った。その女性の前までやってきた時、小山君が妙にモジモジしているので、道夫の方が切り出した。 


「あのう、失礼ですがこのロビーそろそろ消灯なのですけど、どなたかをお待ちなのですか?」 


女はゆっくり顔を上げて二人を見た。間違いなくさっきティラウンジに来た人だ。あのときは横に立って注文を聞いたので気がつかなかったけれど、今こうして正面から見ると、化粧こそ少し厚めだが切れ長の目をしたなかなかの美人である。

 歳のころなら三十前後であろうか。 


 その女は少し考えた後で今度は道夫の方だけ見て言った。

 「消灯って、ここ電気が消えるちゃうの?」 

「ええそうなんです。一時半になると」

 道夫はチラッと腕時計を見ながら答えた。


 「あらそうなの。困ったわ、どうしようかしら。私ねえ、十二時にここである人と会うことにしていたの。十一時半頃に来て、ずっと待ってるんだけど、いまだにその人現れないのよ。少し遅れるかもしれないけど必ず行くからと言ってたので、こうして待ってるの。でももう 十一時をまわったんでしょう。いったいどうしたのかしら」 女は面長の整った顔を少し曇らせて答えた。


女のところへやって来る前の道夫と小山は、この女のことを「多分、外人相手の夜の女だろう」などと話していた。でもこうして近くで見てみると、女にはどことなく清楚な感じが漂っており、決してそうだとばかりは言い切れなかった。


 「その人、このホテルへ泊るって言っていましたか?」

 「ええ。今夜から三日間その予定だと」 「失礼ですがその方のお名前は?」

 道夫がポケットのメモ帳を探りながらたずねた」

 「ロイ、ヘンダーソン。アメリカ人よ」 「ロイ、ヘンダーソンですね。ヘンダーソンのスペルは?」

 「ええっと、H、E、N、D、E、R、S、O、N 確かそうよ」


 道夫はすばやくそれを書き取るとメモを小山に渡しながら言った。

 「小山君、フロントへ行って宿泊客と今日到着予定の予約客を調べてきてくれないか」

 「はい分かりました」 小山はメモ帳を持ってすぐフロントのほうへ歩いていった。

 「それでその方、今日アメリカから到着するのですか?」

 「いいえ、日本には四日前に来ていて、今日は東京からなの」

 「東京ですか。でも東京からだと列車にしても、飛行機にしても最終便はとっくに着いていますしねえ」 「そうねえ。おかしいわ」


 「あのう、ひょっとして他のホテルとお間違えじゃないのですか?」

 ふと道夫は前にもこんなことがあったな、と思い出しながら、そうたずねてみた。

 「いいえ、確かにこのホテルよ。場所も中島だと言ってたし」

 「でも中島にはもう一軒ホテルがありますよ。ニューリバーホテルってのが」

 「いいえ、確かにここだと言ってたはずだわ」 女はいったん腰を浮かせてソファーに座り直してから言った。


 小山はすぐ戻ってきた。 「浜田さん、ありませんよこの名前、宿泊客にも予約客の残りにも」 小山がそう言ってメモを返そうとしたが、それは受け取らず、「そうかやっぱりな、ちょっと待ってって」とだけ言って、道夫はサービスカウンターの方へ戻っていった。


 カウンターの前に来て、電話の受話器を取ると、ニューリバーホテルの番号を回して、出てきた人にロイ・ヘンダーソンという人の宿泊の有無をたずねた。


 しばらく待たされた後で受話器から 「その方のルームナンバーは八二九号です」とういう答えが返ってきた。 


やっぱりそうだったか、この前のケースとまったく同じだ。もっともあの時は男の人だったけど。道夫は自分の推理が当たったことをいささか満足に思いながら、また二人の所へ戻っていった。


 「やっぱりホテルをお間違えでしたよ。そのヘンダ―ソンという方、ニューリバーホテルへお泊りだそうです」 女はそれを聞いたとき、「えっ」とだけ言って、しばらくはキョトンとしていた。


 「よくあるんですよこういうこと。ここがニューシティホテルであちらがニューリバーホテルでしょう。最初のニューの字が同じなもんで、つい勘違いされる方が」


 道夫のその言葉に、女は少し恥ずかしそうな表情を浮かべながら口を開いた。

 「どうしよう私、恥ずかしいわ、ホテルを間違えたなんて。私の不注意からお二人にはすっかりご迷惑をかけてしまって、ごめんなさいね、なにかお詫びしなくちゃあ」


 そう言うと、前のテーブルに置いてあったハンドバッグに手を伸ばすと、それをソファーとテーブルの間に隠すようにしてなにやら中をまさぐっていた。

 「これ少ないんですけど、お二人でお茶でも飲んでください」 女はティッシュペーパーの小さな包を道夫に向かって差し出した。


 「いいんですよそんなこと。我々は当たり前のことをしただけですから」

 一応、礼儀にしたがってそう言ったものの、女が少しも手を引っ込めようとしないのを見て、「そうですか。それではお言葉に甘えて」と、今度はさっと手を出してそれを掴んだ。


 「おい小山君。車、車、玄関にこの方のタクシーの手配を」

 「はい浜田さん。今すぐに」


 渡された思わぬ報酬にすっかり気を良くしたのか、小山はすごくいい返事をして玄関の方へすっ飛んでいった。 道夫もせめてもの感謝の意をと、女をタクシーの所まで案内していった。


つづく


次回 8月21日(木)


2025年8月9日土曜日

書評 みんなの図書室(1&2) 小川洋子 PHP文芸文庫

 




小川洋子は書評の名手

紹介されている本は どれも読みたくなる

書評を分かりやすくいうと「本の紹介文」とか「読書感想文」などが適していると思う。紹介文が良いほど、人はその作品を読んでみたくなる。この「みんなの図書室」は文庫2巻に分かれているが、最初の1巻には50冊が紹介されている。ということは50篇の紹介文が載せられているのだが、一篇づつ読んでいくと、どれもが面白そうで、興味がわく作品ばかりで「読んでみたい」と思わせるのだ。要は著者小川洋子さんが本の紹介文が上手な人だからに違いない。読み進めながら、この本まだ売っているだろうか?と、アマゾンの在庫を何度調べたことだろう。

個人的なことでの余談だが、小川洋子氏に関しては、以前、彼女の作品上で、とても貴重な本を教えていただき、感激した記憶がある。それは、藤原てい(作家・新田次郎の妻)著「流れる星は生きている」という作品で、終戦後に何人もの子供を連れて満州から引き揚げてきた体験を綴ったもので、同じように母とともに満州から引揚げて日本に戻ってきた私にとって、筆舌に尽くしがたいほど厳しい「引き上げの真実」を知る上での貴重な書物であったのだ。

その時は、小川洋子という人はジャンルを問わず幅広い作品に目を向けて、読書に精を出す優れた小説家だと、いたく感心したものだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

内容説明

次の世代にも残したい文学作品―いわば“文学遺産”と呼ぶに相応しい50作品への思いと読みどころを、読書家として知られる小説家・小川洋子が綴った一冊。森鴎外『舞姫』、角田光代『対岸の彼女』、チェーホフ『桜の園』、ジュンパ・ラヒリ『停電の夜に』といった小説だけでなく、児童文学やノンフィクション、詩集にいたるまで、バラエティに富んだ古今東西の名作を取り上げている。


目次

春の本棚(『あしながおじさん』ウェブスター―ラストに明かされるおじさんの正体は?;『生れ出づる悩み』有島武郎―強力な絆で繋がる、悩める「私」と「君」 ほか)
夏の本棚(『一千一秒物語』稲垣足穂―飛行家を目指した作家が紡いだ幾多の掌編;『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』ポール・オースター編―全米から集められた事実に基づいた物語 ほか)
秋の本棚(『蟹工船』小林多喜二―時代を超えて読まれるプロレタリア文学の代表作;『竹取物語』―再読して初めて知る意外なエンタメ性 ほか)
冬の本棚(『デューク』江國香織―思わず涙を誘う亡き愛犬への想い;『若草物語』オールコット―四人姉妹の毎日が示す至高の理想 ほか)

著者等紹介

小川洋子[オガワヨウコ]
1962年、岡山県生まれ。早稲田大学第一文学部文芸科卒業。1988年、「揚羽蝶が壊れる時」で第7回海燕新人文学賞、1991年、「妊娠カレンダー」で第104回芥川賞を受賞。2004年、『博士の愛した数式』が第55回読売文学賞、第1回本屋大賞を受賞。同年、『ブラフマンの埋葬』で第32回泉鏡花文学賞を受賞。2006年、『ミーナの行進』で第42回谷崎潤一郎賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

出典:紀伊国屋書店ウェブストア