2020年1月24日金曜日

毎朝のニュースチェックが大変!ネットニュースはこんなにたくさんある



押し寄せる情報の洪水に流されてしまいそう
今朝のヤフーニュースはなんと209件もあった

数あるネットのニュースサイトで、今のところ個人的にいちばん良いと思っているヤフーニュースですが、今朝のタイトル数を数えてみたら実に209件もありました。

つまり、一日に1件2000文字程度前後の記事が200以上ある、と言うことなのです。

でもこれだけ多くの記事のうち、いったい幾つの記事に興味がわいて読みたいと思うでしょうか?

せいぜい10%がいいとこでしょうが、それでも20記事もあるのです。

とすると、1記事2分として、全部読むと40分もかかるではないですか。


あれも、これも読んでみたい・ネットニュースはいったい幾つある?

今、ネットにはニュースサイトがあふれています。

上で書いたように、今のところ人々に人気なのはヤフーニュースのようですが、ジャンル別に見るとこれ以外に魅力あるサイトはいろいろあります。

以下サイト名をご紹介しますが、これだけあると選ぶだけでもひと苦労しそうです。


(総合ニュース)

Yahoo!ニュース
MSNニュース
Googleニュース
gooニュース
・マイナビニュース
・エキサイトニュース
・ライブドアニュース
Infoseekニュース
・グノシー
・ニコニコニュース
・アメーバニュース
BIGLOBEニュース
・ニフティニュース


(報道ニュース)

NHK NEWS WEB
・テレ朝news
・日テレNEWS24
FNN.jpプライムオンライン
TBS NEWS
・テレ東NEWS


(政治・経済ニュース)

・東洋経済オンライン
・ウォールストリートジャーナル日本版
NEWSPICKS
BLOGOS(ブロゴス)
ZUU online
ALL About NEWS
・アゴラ言論プラットフォーム


(ビジネスニュース)

・プレジデントオンライン
・現代ビジネス
BUSINESS JOURNAL
BUSINESS INSIDER JAPAN
・ダイアモンド・オンライン
J-CASTニュース
・ビジネスネットワーク.Jp
・ロイター
AFPBB News
BBCニュース


(気象・災害ニュース)

NHK あなたの天気・防災 
Yahoo!天気・防災
tenki.jp
・ウェザーニュース
・ニュースダイジェスト
・健康・医療ニュース
・あなたの健康百科
NHK健康チャンネル


(医療総合QLife(キューライフ))

・ヘルスナッジ


(金融・投資ニュース)

Bloomberg.com
Investing.com
・トレーダーズ・ウェブ
MONEY BOX
Yahoo ファイナンス


出典:ネイバーまとめ





















































2020年1月22日水曜日

ネットのターゲティング広告(パーソナライズド広告)が問題になっているが


ターゲティング広告は不気味で気持ち悪い

ある項目についてネットを検索してしばらくすると、見ているサイトにとつぜん検索した項目に関連する商品(サービス)の広告が出てくることに驚いた方は少なくないはずです。

最初は偶然かと思って深く考えず見過ごしていたのですが、そんなことが連続して起こるとなんだか気味が悪くなってきます。

なぜなら検索内容を誰かに知られて追跡されているような気がするからです。

ターゲティング広告とは何か


 まず、本題に入る前に、このタイトルにある「ターゲティング広告」について、少し説明しましょう。

ターゲティング広告は別名パーソナライズド広告とも言われますが、これはインターネットの広告の一つです。

パーソナライズというように、広告を個人向けにカスタマイズするのです。

例えば、ある検索サービスで、ある人が頻繁に「キャンプ」の検索を行ったとしましょう。

この検索行動は、検索サービスを行っているサーバーにログとして記録されます。そして、同じコンピューターから、アクセスしたときに、検索サービス会社が、この「コンピューター」は、キャンプに興味があるので「キャンプ場」の広告を見せる。これが、ターゲティング広告です。  

参考記事:COMEMO



ターゲティング広告の何が問題なのか?

ターゲティング広告はネット広告の一種です。

このところ人々のテレビ離れもあって、広告の主流であるテレビからネットへシフトするものが次第に増えてきています。

それゆえにネット広告が目立ってきたことから標的として指摘されやすくなっているのです。

ネット広告の問題のひとつがターゲティング広告です。でもターゲティング広告の何が問題なのでしょうか。

もっとも大きいのは、この広告が差別につながるという点です。それゆえに放っておけないのです。いま人々は差別問題にとても敏感なのです。


ターゲティング広告が差別につながるのは何故なのか?

でも何故ターゲティング広告が差別につながるのでしょうか?

その理由について日経系のサイト「COMEMO」によると、フェイスブックで使われているターゲティング広告に原因があるようです。

フェイスブックのシステムでは、例えば「低所得者層が多い郵便番号地域の人」を恣意的に広告対象から外すといったことが可能になっているからです。

フェイスブックではこれは明らかに差別につながると指摘され、その後システムの見直しに着手しています。


何はともあれ、ターゲティング広告はありがた迷惑

世の中には一見するといかにも行き届いているようなサービスがあり、これはユーザーにとってはありがたいようにも思われるのですが

実は過剰サービスの他の何者でもなく、ありがたいどころか迷惑にすぎない場合が多いのです。

ターゲティング広告がまさにこれであり、広告会社はユーザーのためと思ってやっているのですが、実はユーザーにとっては喜ぶどころか、むしろ迷惑千万なことなのです。

まさに「過ぎたるは及ばざるが如し」とはこのことを言うのかもしれません。







2020年1月17日金曜日

名作を読み直してみた(3)・「破戒」 島崎藤村


何度も映画化やテレビドラマ化されたことからも、この小説の価値がわかる

名作と呼ばれる小説は映画化やテレビドラマ化されるケースが多いのですが、それも1回だけでなく、2度3度と何度も回数を重ねている作品があります。その作品の一つが「破戒」です。

破戒は下のように、2回の映画化に始まり、その後3回のテレビドラマ化を含め実に5回以上映像化されています。

それほど「破戒」はストーリー展開の優れた小説として魅力ある(おもしろい)作品なのです。



部落民であることを隠し教師を続ける主人公 丑松の苦悶

この小説は主人公丑松が、エタ(部落民)であることを隠して人々の中で生活していく上での苦痛との闘いがテーマになっています。

とはいえ、この小説の魅力は、決してこのテーマだけにあるのでははなく、日本近代文学の名作と呼ばれるだけあって、小説としての完成度が高く、ストーリー展開が巧みで、物語として読み手を満足させる要素をじゅうぶん備えているからです。

言い換えれば、文芸作品として構成力が非常に優れており、読んでおもしろいからです。それは決してテーマだけに魅力があるのではなく、ストーリーテラーとしての藤村の卓越した才能に惹かれるのです。

詩人である藤村らしく情景描写が巧みで、中でも印象的なシーンは、屠殺場に従事するエタたちの一般の人とは異なる?風貌(醜さ)が良く描き出されているところや、風間敬之進の家での籾で取引される珍しい年貢の納付風景などです。


あらすじ

明治後期、主人公瀬川丑松(せがわうしまつ)は信州小諸城下の被差別部落に生まれたが、父から「その生い立ちと身分を隠して生きよ」厳命された。その後父より戒めを守り通して成人し、小学校教員となが、同じように部落民として生まれた解放運動家猪子蓮太郎を慕うようになる。

父からの戒めを忘れたわけではないが、この猪子にならば自らの出生を打ち明けてもいいと思い、時には口まで出そうになることもあったが、決断がつかず、その思いは揺れ動きいたずらに日々は過ぎていく

しかし隠し続けた秘密もとうとう学校で被差別部落出身であるとの噂が流れはじめた。時を同じくして猪子が暴漢の手によって壮絶な死を遂げる。

その衝撃に耐えられなかったからか、あるいは同僚などによる噂負けたのか、丑松は絶体絶命の立場に追いやられ、遂に父の戒めを破って、自分がエタであるという素性をカミングアウトしてしまう。

そして密かに思いを寄せている先輩教師敬之進の娘お志保にも打ち明けたあと、丑松はアメリカのテキサスへと旅立っ



破戒の映画化作品

1948年版
『破戒』は、1948公開の日本映画である。松竹製作・配給、モノクロスタンダード

概要

終戦直後、阿部豊監督が東宝久板栄二郎の脚本で映画化に挑んだ。丑松役に池部良、土屋銀之助役に大日方伝、お志保役に高峰秀子を迎えて撮影が行われたが、1948東宝争議が発生し、制作が中断された。その代わり松竹木下惠介監督で製作を引き継いだ。丑松役は池部だが、お志保役は木下の前監督作『肖像』で映画デビューした桂木洋子を迎えた。そのほか民衆芸術劇場俳優座の俳優を起用した。
原作は部落差別問題を中心に描いているが、本作はこの問題には深入りはせずに、丑松とお志保の恋物語として、抒情的に描かれている。キネマ旬報ベスト・テン6位。毎日映画コンクール監督賞、助演賞受賞。

1962年版

『破戒』は、1962公開の日本映画である。大映製作・配給、モノクロ大映スコープ

概要

大映の時代劇スター・市川雷蔵市川崑監督作3回目の主演作品で、『炎上』の吃音の青年役、『ぼんち』の女遍歴を重ねる息子役に続いて被差別部落出身の青年という難役を演じた。また、藤村志保デビュー作でもあり、芸名は原作の島崎藤村と演じた役のお志保から取っている。 


テレビドラマ化作品

1954年 日本テレビ版

195464日の1815- 1845分に、日本テレビで放送。

1961年 NETテレビ版

1961122日の20- 21時に、NETテレビ系列『NECサンデー劇場』枠で放送。
出演

1961年 日本テレビ版

1961113- 1229日の22- 2230分に、日本テレビ系列『文芸アワー』枠で放送。全9回。
· 演出:市川崑
· 脚本:和田夏十
出演


映画、テレビ情報の出典:ウィキペディア




2020年1月13日月曜日

これが進んでいる国の姿だ

12月14日付の日経新聞電子版に

NY市、高層ビルに「野鳥に優しい」ガラス義務づけ

という記事が載っていました。


この記事を読んだときは、「野鳥にやさしいガラス」とは何のこと?と、意味が良くわかりませんでした。

でもさらに記事を読んでみて驚きました。それは「ニューヨーク市だけで年間で9万~23万羽が高層ビルに衝突死している」という事実を知らされたからです。

いかに高層ビルが密集しているニューヨーク市だとはいえ、これほど多くの野鳥がビルに激突して死んでいるとは、想像したことさえありませんでした。

野鳥にやさしいガラスを義務付けたのは、こうした野鳥の激突死を防ぐためなのです。

でも、ニューヨークほどでもないとはいえ、今や東京も高層ビル建築ラッシュですから、この話題は決してよそ事とは思えません。

はたして東京都も同様の対策を採っているのだろうか、と考えたのですが、

その前に今こうした問題に対する人々の関心はどうなのだろうか、と思い、グーぐる検索を使って調べてみました。

まずタイトルを次のように日本語と英語の2種類にしてヒット件数を調べました。


①どうしたら鳥が高層ビルに衝突するのを防げるか

how can we really prevent birds from flying into our windows? 

(検索日:2019.12.14)


日本語と英語、検索ヒット件数に格段の相違

日本語と英語による検索結果は次のとおりです。


・日本語「どうしたら鳥が高層ビルに衝突するのを防げるか」 ⇒ ヒット件数 35万件

・英語「how can we really prevent birds from flying into our windows?⇒ ヒット件数 1億6千万件


なんという大きな開きでしょうか。検索結果では英語検索は日本語検索の400倍以上のヒット件数がありました。

これが何を意味するかと言えば、英語を母語とする欧米の人は、日本人の400倍も高層ビルから野鳥を守ることに関心を抱いているのです。

環境保護に対する消極策が批判されている日本ですが、原因は今回の問題での検索結果が示すように環境保護問題に対する人々の関心の持ち方が、欧米に遅れをとっているからに違いありません。



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NY市、高層ビルに「野鳥に優しい」ガラス義務づけ

日本経済新聞 2019/12/14 4:27

【ニューヨーク=西邨紘子】ニューヨーク市議会が高層ビルの新築や改装の際に、野鳥の衝突を防ぐ加工を施した窓ガラスの採用を義務づける条例案を可決した。202012月の発効を予定する。米東部・中西部はカナダと中南米を行き来する渡り鳥のルートが集中するが、ニューヨーク市だけで年間で9万~23万羽が高層ビルへに衝突死しているとの推定があり、生態系への影響が懸念されていた。
高層ビルが集まるニューヨークでは近年、壁面全体にガラス素材を取り入れたデザインの高層ビルが増えている。壁面が空や周囲の木などを鏡のように映すため鳥が窓ガラスと認識できず、衝突事故の多発につながっている。
新条例は、地上23メートルまでの外装の少なくとも9割に、鳥が認識しやすい加工やデザインの素材の使用を義務づける内容だ。ガラスに模様や紫外線フィルムをつけることで、鳥の衝突が大幅に減らせるという。これまでにサンフランシスコ市(カリフォルニア州)などで同様の規制を採用しているが、ニューヨーク市の新条例でこうした動きに弾みがつきそうだ。
米コーネル大は19年、米国内で高層ビルにぶつかって死ぬ野鳥が年間6億羽に達するとの調査を発表した。特に、夏と秋の渡りシーズンに、高層ビルの集まる大都市でなくなる野鳥が多いという。同調査が公表した「渡り鳥に危険な都市ランキング」では、春・秋の渡りシーズンともに1位がシカゴ(イリノイ州)、2位がヒューストン(テキサス州)だった。ニューヨークは春が8位、秋が5位だった。


2020年1月8日水曜日

窓際の客は外見(見栄え)で選ぶ・パリのレストランの話


パリのレストランで窓際の席を断られても人種差別とは言えない
パリのレストランでアジア人が窓際の席を断られたが

あるブログに載っていた話ですが、パリの中心部にある有名ホテルのレストランで一人のアジア人中年男性が訪れたときのことです。

男性はできることなら外が一望できる窓際の席を希望していました。ところがその席に付こうとしていると、おもむろに男性店員が近づいてきて、「奥の席へ移動してください」と言うではありませんか。

残念とは思ったものの、たぶん予約席か何かなのだろう」と思い、諦めて窓際から離れた入り口側の席につきました。

それからしばらくして、地元のフランス人らしい白人女性が入ってきて、窓際の席に着きました。

「ハハーン、あの人が予約の人か」と思ったのですが、しばらくしてまた白人男性客が、同じように窓際の席につきました。

その後も白人客が続き数人が窓際に席に付いたのです。アジア人の彼が断られてから、もう5人以上がその席に付いたことなるではありませんか。

ここまできて、彼は「これはどうもおかしい、予約席というのはひょっとして嘘ではないのだろうか。私が日本人だから断られたのではないだろうか。そうだとすると人種差別なのでは?」と疑い始めたのです。


アジア人を希望した席に付かせないのは人種差別に当たるだろうか?

人種差別、いやな言葉です。でもパリのレストランでアジアの客が窓際の席を断られたことは、果たして人種差別に当たるのでしょうか。

それを考える前に、なぜアジア人だと窓際の席を断られるのでしょうか。

理由はこうです。窓際の席は客が外を見ることができるいわば特等席ですが、外の通行人にもレストランの客を見ることができます。つまり外から仲の客が観察されるのです。

この際、外から観察する人は当然窓際に座った客をみることになります。そして座っている人の様子から店のことを判断するのです。


外からの見栄えを重視するレストランのマネージャー

外から見る人が窓際の席に座った客で店を判断するとすれば、その店のマネージャーはどういった行動をとるでしょうか。

簡単なことです。窓際にはなるべく外見の良い客を座らせようとします。そうすることで外の人からは「客筋のよい店」と判断されるからです。

その結果店は評判を呼びどんどん繁盛していくのです。では逆の場合はどうでしょうか。つまりマネージャーが窓際の席の客層に無頓着で、来る客の外見などにかかわらず順番に席に付かせた場合です。

そうすると必ずしも外見のいい客ばかりが席に付かずに、中には?が付く人も混じっているかもしれません。

そうした場合、外から眺めた人は、客層について良い判断を下さず、店に評判が下がり、結果として店が繁盛しなくなるのです。

いかがでしょうか。店の繁盛のために窓際の席の客を選択するマネージャーの行動を人種差別と呼べるでしょうか。


はっきり言えば、これはホテルレストランの売り上げを増やすための方策であり、外見的な美醜で人を差別するルッキズム(lookism)には当たらないのではないでしょうか。



(注)ルッキズム(lookism)とは


外見的な美醜を重視して人を評価する考え方容姿による差別をいう


窓際の席はショーウィンドウの役目をする

カフェやレストランなどでは、店のグレードが高ければ高いほど客の質に気を配ります。

その対策の一環として外から眺められる窓際の席に座る人は厳しく選択します。なぜなら外から見る人は客層によってランキングするからです。

つまり、窓際の席に見栄えの良い人が座っていれば、グレードの高いレストランだと判断し、見栄えの良くない人を見れば、低ランクに評価するのです。

これがレストランの売り上げに直結するのです。

これでわかるようにレストランの窓際の席はショーウィンドウの役割も果てしていますから、マネージャーは、できるだけ見栄えの良い客をそこへ座らそうとするのです。



(ツイートより)
パリのホテルの件、ひどいと思うけど、人種差別では無いと思う。だいたい飲食店はフランスでも日本でも 「窓際の席は見栄えのいい外国人やモデルのいわば指定席。店のイメージアップにつながる人を意図的に座らせる」 ことが行われていて、そのホテルの見栄えの基準が白人だっただけだと

2020年1月3日金曜日

もう一度読んでみたい・高校英語リーダー名作シリーズ(7) 最終回

 
SPACE SPEAKS(空間は物語る)
 
                    Edward T. Hall(出典:new horizon 2, L5)  訳:大平庸夫
 
 
 ある時、巷間によく名前の知れた外交官が私を訪ねてきた。
 彼はそのとき私が行っていた或る研究に興味を持っていて、私のクラスに入りたいと申し出てきたのであった。
 
 ある日の講義が終わったとき、彼が私の前にやってきて、その日行った講義のいくつかの点について話した。話すときの彼はやや接近しすぎていて、それに気づいた私は少しづつ後ずさりしながら聞いていた。

彼の熱心さは理解できたが、マナーの上から言えば少し強引すぎると私は思った。しかし私が少しづつ後ずさりを始めると、彼の態度は変化していき、幾分やりづらさのようなものを表情に出していた。
 
 人と対面して会話を交わすとき、私が心地よいと感じる間隔(約21インチ)に移動するのを見た彼は明らかに当惑した様子で、あたかもこんなことを言っているかのようであった。
 
 ”どうしてそんな風にするんだろう、いま私は彼と友好的なマナーで話す為に一生懸命になっているというのに、にもかかわらず彼といったら後へ下がったりして、近寄ってさえいてくれれば、私はもっとうまく喋れるというのに、私はあなたに何か悪いことでもしましたか?”
 
 彼が少し傷ついたかもしれないと私は思った。
 
 人と話すとき、距離をあけたり、ぐっと近寄ったり、人によっていろいろあるが、それはそれぞれの文化の違いからくるのであろうと、私はかねがね思っている。
 
 そして、それが親近感を与えるか、反対に冷たさを感じさせるかは当事者同士が正しい間隔で話していると分かるまで確かなことを言うのは難しい。
 
 米国では初対面の人同士が気分よく離せる間隔は約4フィーとであると考えられている。
 だから、一方の人が近づきすぎると、相手の人は後退りするのです。待合室などでは知らない人同士は離れて座りますが、友達同士だと引っ付いて座りますし、家族の者同士だとお互いが体を触れ合ったりもするようです。
 
 でも米国と違った他の国では人々はもっとお互いが接近しているようです。例えばラテンアメリカでは、距離を置いて人と話すことは米国と比べてうんと少ないようです。
 
一般的な会話はここでは2~3フィートの距離でなされますが、これが彼らにとって最も都合のいい間隔のようです。したがって、ラテンアメリカ人が彼らにとって都合のいい距離まで前進してくると、アメリカ人にとっては窮屈すぎるということになるのです。その結果何か侮辱を受けているような気がして後退りしてしまうのです。
 
 こんなときは、何かが起こって会話が中止されない限り、一方が追い、他方が後退りすして部屋中を動き回るような事態にならないとも限りません。その結果、ラテンアメリカ人を冷たく友好的でないと思い、アメリカ人はラテンアメリカ人のことを敵意があって好戦的だと思うでしょう。
 
 こうした摩擦を起こさないために、アメリカ人は机やテーブルを防御に使います。でもラテンアメリカ人はそんなことぐらいでは引き下がることはなく、机によじ登ってさえ自分の距離を保とうとします。これは周知の事実です。
 
 もしあなたが違う文化圏に住んでいる人なら、これらの感覚にまつわる合図ということについて、十分理解していただけることでしょう。
 
 二人のアメリカ人が1フィートまたはそれ以下の距離で話しているときは極秘事項について話し合っているのでしょうし、2~3フィートの距離ならば、個人的なことがテーマになっているのでしょう。4~5フィートなら、やや一般的な会話であり、7~8フィートも離れたものであれば、相手は自分の言っていることをじゅうぶん聞いて欲しいと思っているのです。
 
団体に対して話すときは10~20フィートの距離が適当とされています。
 話し相手は別にこうした空間を保つことを常に意識しているわけではありませんが、気がついてみると自然にそういう形になっているのです。
 
 例えば、今あなたが2フィートの間隔でラテンアメリカ人と私的なことを話しているとしましょう。そしてあなたは少し後退りして、感覚を4~5フィートにすることによって話題を一般的なものへと変えることができます。このとき彼が会話を続けようとしなかったら、彼は明らかに失望して、その距離では個人的な会話ができないと思っているのです。
 
 空間(間隔)というものはこのように ”物語る”ものなのです。
 
 好む、好まざる関わらず、空間はコミュニケーションに調子を与え、アクセントを刻むのです。

そして時には話し言葉を無効にさえしてしまうのです。さらに私たちをしばしば混乱させ、文化の違いを理解する上で邪魔になることすらあるのです。
 

2020年1月1日水曜日

この言葉が好きだ・世界の名言シリーズ(2)


2020年 新年を迎える高齢者へのエール
 
 
 
     
誰もが「老いたくない」と思っているが
 
 
高齢者社会真っ只中の今の日本には65歳以上の人が約3千万人もいます。
 
これだと4人に一人が高齢者と言うことになり、いわば「石を投げれば老人に当たる」と言っていいような状態なのです。
 
でも石には当たりたくありません。どうしたらいいのでしょうか? 
 
そのためには石に老人と思わせないことです。老人と見えなければ石もターゲットと認識せず避けてくれるに違いありません。
 
 
老いないためには、いつまでも希望(夢)を抱き続けること
 
老いないためには健康に気をつけることです。体はもちろんですが、それにも増して大切なのは心の健康です。でもどうしたら心の健康を保てるのでしょうか。
 
それには希望(夢)を抱き続けることです。老い先短い身にとって夢など抱いてもしかがたない、などとは決して思っはいけません。
 
いつも「明日はこうしたい」、「来年はああなりたい」、というふうに、明日へ明日へと夢と希望をつないでいくのです。その心意気が人を若々しく保たせるのです。

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●あわせて読んでいただきたい記事
マイブログ10周年・アクセス数400越え170記事のご紹介 ☆シリーズNo.1~No.9  全170記事一挙大公開  

 https://tuneoo.blogspot.com/2019/10/blog-post_5.html