2022年2月4日金曜日

ピン芸人「劇団ひとり」はたぐいまれなエッセイの名手

 劇団ひとりといえばテレビによく出ていて誰もが知っている芸人ですが、個人的にはこれまであまり見ていませんでした。それゆえにこの人に関してあまり知識がありません。

でも今回偶然に読んだ「考えるマナー」(注)という本に、この人が書いたエッセイがたくさん出ていて、それを読んであまりにも上手なのに驚いてしまいました。

この本には他に有名作家をはじめとする11人の書き手が登場していて、その中にはエッセイの名人と目されている人が何人も名を連ねています。

でもそんな人達のどの作品とくらべても遜色がないどころか、むしろ優れていると言っていいぐらいなのです。

こんなに上手なエッセイが書ける「劇団ひとり」とはいったい何者なのでしょうか?

芸人活動のかたわらベストセラー小説を書いたり、映画監督をしたりしてマルチタレントぶりを発揮している彼のことを、あるテレビプロヂューサーは天才と断言しています。

まずは彼の作品である下のエッセイを読んでみてください。なおこの作品は最近のものではなく、6年ぐらいの前の、彼の40歳前に書いたものです。 

(注)「考えるマナー」: 2014年 中央公論新社



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デジカメのマナー

                         劇団ひとり

 

 長年、デジカメで撮り貯めた写真のデータを整理することにした。フィルムの時代と違って毎度現像するわけでもなく、デジカメの場合、特に迷うことなくシャッターを押し、データをパソコンに投げ入れておくといった使い方が主で、気がつけばその量も2万枚を超えていた。 

 さすがにそれを1枚ずつ確認していくのは骨を折る作業なのだが、パソコンの場合、写真にうつっている人物の顔を識別分類してくれる機能があるので、こういった時に非常に役に立つ。なのでいったん、パソコンに娘の顔を覚えさせれば、数ある写真の中から娘が写っているものだけをピックアップしてくれるのだ。 

 とは言っても、パソコンも完璧でないので、似ている人を間違えて選んでしまうこともあり、知りあいの子供が娘の写真の中に混じっていたり、時にな何故か『クリス松村』が紛れ込んでいる場合もあったりする。人に間違われるのはまだいい。 

 僕の写真の中にはなぜか『お地蔵さん』が紛れていたり、どういう間違いなのか奥さんの写真の中にはただの『壁』が紛れていることもあった。まだまだパソコンの精度が甘いのかもしかしたら僕らが思っている以上に高性能で、奥さんの心の中にある何らかの『人生の壁』を感じ取ってのことかもしれない。 

 これだけの枚数になってしまったのは、やはり子供の存在が大きいだろう。現に今使用しているカメラも出産間近に購入」した代物である。初めて出産に立ち会うのにコンパクトカメラでは物足りないので、奮発して買った一眼レフ。写真だけではなく、動画も美しく撮影できるので、陣痛が始まってから出産直後まで必死に回し続けた。 

 途中、どうしても職業柄か「今の心境は?」やら「生まれてくる子供に一言」などとインタビューをしたりして鬱陶しがられる場面もありつつ、合計で3時間ほどの動画を撮影した。しかし、動画というのは写真と違って、撮ったら終わりではない。これを編集しなくてはならないのだ。面倒ではあるが、大事な作業であり、撮ったまま長々見るのは退屈以外のなんでもない。 

 その点、僕らは普段からカットされることにはなれているので躊躇がない。結果、3時間分の素材も、編集をし終えたら5分弱の作品になっていた。その出来栄えを奥さんに見せたら、十分に楽しんだ様子ではあったが、その後に小さな声で一言私はプライベートでもこんなにカットされるのか・・・・」と呟いていた。 

 ひょっとしたら、あれが原因で奥さんの心の中に『壁』」が出来たのもしれない。その隣で『お地蔵さん』のように固まる僕だったのでした。

 

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このエッセイの素晴らしいのはフリとオチが見事なところ

いかがでしたか? 良いエッセイでしょう。

このエッセイは出来が一級品であることは誰もが認めるところでしょうが、なんと言っても素晴らしいのは起承転結がはっきりしている点です。

いかにも芸人であるということを主張するかのように、パンチの利いたフリとオチを使っているのが最大の特徴ではないでしょうか。

その部分がどこかはお分かりになったと思いますが、念の為書き出しておくことにします。

 

(フリ)

・僕の写真の中に紛れていた『お地蔵さん』の写真

・奥さんの写真の中に紛れていた『壁』の写真

 

(オチ)

奥さんは3時間のお産シーンを撮ったビデオがわずか5分に編集されたのを観て、「私のプライベートでもこんなにカットされるの」と呟いていたが、ひょっとして、あれが原因で心の中に『壁』」が出来たのもしれない。

その隣で『お地蔵さん』のように固まる僕だったのでした。

 

 

 

 

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