2024年1月13日土曜日

瀬戸内寂静「呆けるのは死ぬよりいや」という鮮烈な作家魂

 

99歳死の直前まで書き続けた女流大家が何より恐れたのは呆け

瀬戸内寂静は40代に出家をしているそれだけに高齢になっても死に対しては恐れを感じていなかった

だが恐ろしいものは他にもあったそれは年失っていく体力につれて心配がつのる呆けである

親しい編集者から聞いた同じ文壇にいる男性作家Aが昨年と同じ随筆の原稿を送ってきたという話

また女流のBは自分の名前を間違えて書いてきた話などを聞かされてひょっとして明日は我が身かもとそら恐ろしさを感じていたのだ


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老衰な朝な朝な     瀬戸内寂静


 今年は暖冬と思い込んでいたら今朝嵯峨野は薄い雪に覆われて目が洗われるようであった

 寂庵は紅の梅の花が咲き満ち待ちかねていたマンサクの黄金の花も一昨日一気に開いて庭に灯りをともしたようにあたりを明るくしていたそれらの花の上にたちまち雪が花嫁のベールのように薄く広がりいっそう風情が深まった

 飾っている座敷の雛たちにも雪の庭を見せてやりたく座敷の襖も廊下のガラス戸も開け放ち雛壇から庭が望めるようにする

 雛に雪を見せるつもりだったがもしかしたら雪が見たこともない美しい雛壇の緋毛氈の鮮やかさや七段の上に並んでいる可憐なひな人形に見惚れれしまうかもしれない

 私もあとか月ばかりで、98歳になるさらに年たてば白寿ということだこの97歳の年でめっきり体力は衰え老衰の厳しさが骨身にこたえてきている何をしてもこれが最後かなと心の中でつぶやいている

 転ばないように常に気をつけているので動作がすべて鈍くなった

 それでもまだ仕事の注文はあれば断らないのでいつも締め切りに追われているし徹夜でそれをこなすことも月に2夜や三夜はある

書いたものも、「まだ呆けてはいない自分では思っているがいささか自信はない

 親しい編集者はみんな優しいから面と向かっては、「書いたものがだめになったとわ言わないだろうこれだけは自分でしっかり認識しないと大恥をかかく羽目になりかねない私の書くものを最初に買ってくれた編集者たちがとっくに退職はしているが時たま電話やメールをくれるそんな2,3人が

今月の××読みましたよ文章もはりきっているし話も面白かった

まだまだ大丈夫!」などと伝えてきてくれると涙が出るほどうれしい

 しかしその彼らが現役の頃当時の大作家が先月と同じ随筆を書いてきた話や女流の大家が自分の名前を間違えて書いた話などをしたのを思い出しぞっと背中が冷えてくる

 98歳で亡くなった女流の大家は晩年の2年ほどはいつ行ってもベッドで昼間も寝ていたなどと聞くと現在昼間も夕方も横になっていたい97歳の自分をかえりみてぞっとする

 私は51歳で出家しているおかげか死ぬことはまったく怖くない

 しかしさる宗派の有名な大僧正の晩年のしどろもどろの法話を聴いたことがある呆けるのだけが恐ろしい

 政治家たちの国会の応酬などテレビで聴いているとあんなに若いけれどもう呆けがきているのではないかと人ごとながら怖くなることがある                       

                        「京都新聞

                 出典:ベストエッセイ 2021 光村図書


  

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