2011年9月6日火曜日

電車内「JT」の中吊りマナー広告 ・ コピーのアイデアとデザインのセンスがいい


もうずいぶん前からよく目にする電車内のJT(日本たばこ産業)の中吊り広告。

このマナー広告、見た目がすごくユニークで、また洗練されたデザインも評価できる。

私はノースモーカーだが、なぜかこの広告にはいつも目がいく。

路線ごとに違うバージョンが使われているようでその種類も多様である。

色使いはシンプルだが、そのわりにはよく目立ち、なかなな良いできばえだと感心しながら、しばしその広告に見とれることもある

この広告は日本語と英語が併記されているのだが、文字のレイアウトやバランスもなかなか良く、また、マナー広告としての説得力もあり、大変優れているのではないだろうか。

と、ここまではほめてきたこの広告であるが、悲しいかな、取扱商品に反社会性があり、企業としての存在の危うさがあるゆえに、今後長期にわたる存続は危ういか?

2011年9月5日月曜日

小説新人賞の応募作品 ・ いったいどのように審査されるのだろうか

ほとんどの応募作品が”下読みさん”と呼ばれる予備審査員の目に触れるだけで終わってしまうという事実

過去のブログでもこれまで何度か書いてきたように、私は40代後半の一時期、大手出版社募集の小説新人賞に数回にわたって応募した経験がある。

そうした際に私は、応募した作品はどのようなプロセスで審査が行われるかということに少なからず関心を抱いていた。

そしてその関心は、当然のごとく小説新人賞の審査についてのいろいろと情報を探してみたいという気持ちに変わっていった。

でも、そのころはまだインターネットはそれほど発達しておらず、検索サイトでそうした情報をつかむことは容易ではなかった。

したがって、それについてある程度信頼性のある情報を得たのは、それから7〜8年後のウインドウズ98が世に出た後であった。

そして小説新人賞の審査は、予選段階では審査員になっている作家はまったくタッチすることなく、すべて「下読みさん」と呼ばれる予備審査委員によって行われるということを知ったのである。

それまで私は、審査の最初から審査員である作家が作品の目を通すものとばかり思っていたので、この事実には少なからず驚かされた。

でも、よく考えてみれば、一度に1000件を超える応募作品をわずか数人の作家が読むことは困難だと気がつき、多くの「下読みさん」が手分けして作品を読んで審査するという事情も後になって理解できた。

でも気になるのはその下読みさんたちの質である。はたしたそうした人たちは応募作品を正しく評価することができるのだろうかと、その点が気がかりだった。

その後、そうした「下読みさん」についてさらに詳しく解説しているネットのサイトが見つかった。
「下読みさんの素顔」というタイトルの記事であった。

私はその記事に強い関心を抱き、まさに興味津々と言う気持ちでむさぼり読んだものだ。

その記事は「下読みさん」と呼ばれる人種がどのような人たちなのであるかについて詳しく説明してあった。

一般的には、編集者・評論家・ライターなどがその任務に当たるのだが、その他にも、下読みの仕事をしている人がたくさんいるのだとという。

例えば無名の新人作家。彼らはまだあまり売れる原稿が書けなくて収入の少なく、アルバイトとして下読みの手伝いをするのである。

こうした下読みさんによる審査について、大切な小説の応募原稿がたった一人の下読みの人にしか読まれずに判断されてしまうということに対して、不安を感じる応募者もいるかもしれない、

でも、たとえばエンターテインメント系の作品などは、誰が読んでも面白いものは面白い、誰が読んでもつまらないものはつまらない、というのが非常にはっきりとしているものなので、少なくとも、大賞候補になるような作品が下読みさんによる一次選考で落とされてしまうなどということは絶対にないと、審査担当の編集者は語っている。

一般的に言って、下読みという仕事は精神的にも体力的にも非常にハードで、中には、一回やっただけで「二度とやりたくない」と言って逃げ出す人もいるほどだ。
 
特に長編の下読みは低賃金重労働で、朝起きてから夜寝るまで、食事とトイレ以外は、ひたすら原稿を読み続けている、というような状況も珍しくない。

たとえば50枚の短編に比べて500枚の長編の場合、単純に読むのに10倍の時間がかかる。しかし、もらえるギャラは、せいぜい2〜3倍でしかない。時給に換算すればコンビニでアルバイトをしたほうが高給になることさえあるのだ。
 
そんなハードな仕事を、なぜ「下読みのプロ」として続けているのかといえば、それは出版界で働く人間として、一人でも多くの優秀な新人作家を世に送り出したい、という思いがあるからなのだ。それに未来の作家である応募者への愛があるからだ。

そうした彼らによってふるいにかけられた作品が二次選考(編集部内の選考会議)にあげられ、それらの作品を 編集部全員で読んで、最終選考に残す作品を選ぶのである。
 
規模の大きな賞では、そのごさらに三次選考〜が入る場合もある。

その後、最終選考(選考委員による選考会)がおこなわれるわけだが、

ここで始めて編集部内での予備選考を通過した作品のコピーが、最終選考の選考委員である、プロの作家の先生方に届けられる。

この時点で初めて、事前に公表されている選考委員の先生方に、原稿を読んでいただけることになるわけである。
 
そして選考委員が一同に会して、最終選考会が行なわれ、入選作品が決められることになるのだ。

これが大まかな小説新人賞誕生までのプロセスであるが、どうですか?このブログをお読みのあなたは「下読みさん」という予備審査員の存在についてご存知であっただろうか?


   小説新人賞の舞台裏もなかなか奥が深いものである。


  インターネット「下読みの達人」参照

2011年9月4日日曜日

世界で最もすみやすい都市は? ・ 「住みやすい都市」世界ランキング

メルボルン

「世界で最も住みやすい都市」メルボルンが1位…東京18位、ソウルは58位


世界で最も住みやすい都市にオーストラリア第二の都市メルボルンが選ばれた。


イギリスの時事週刊誌「Economist(エコノミスト)」の系列団体である「Economist Intelligence Unit(エコノミスト・インテリジェンス・ユニット)」は、世界140カ所の主要都市を対象として調査を行った。


30日に発表されたこの調査の結果によると、オーストラリアのメルボルンが100点満点中97.5点を受け、2002年以降9年ぶりに1位の座を獲得した。


2位はオーストリアのウィーンが占め、10年間1位を独占してきたカナダのバンクーバーは0.2点差で3位に押し出された。


ソウルは今年の調査で85.9点を得て58位に上がり、ロンドン(88.4点)とニューヨーク(86.6点)はそれぞれ53位と56位を記録した。


アジアでは日本の東京が2月の調査と同じく18位(94.7点)に選ばれ、香港が31位(92点)、中国の北京は72位(76.9点)となった。

 
  中央日報/中央日報日本語版( 2011年08月31日) より

2011年9月3日土曜日

若者は変わってきたと言われているが・はたして進化したのか、それとも退化したのか

いったい今の若者に何が起こっているのだろうか

いま若者をめぐる最も深刻な問題は、やたらと多い"フリーターと非正規社員の数"であり、少なからずそれが影響していると思われる適齢期を過ぎた"独身男性の異常な増加"である。

この二つの問題が原因で、一世代前には決して見られなかった"特異"と言ってもいいような独特な若者像を作りつつある。

そうした姿をよく表すのが、次に上げる今の若者に対してあてられるキーワードの数々である。

下の語群を一見してわかるように、その数は男性のほうが圧倒的に多い。


また総数が多いだけではなく、女性に比べて語尾に「ない」がつくマイナスイメージを持つものが多いのが目立っている。

一方女子のほうは男性に比べて総数が少ないだけでなく、マイナスイメージを持つものもまた少ない。

こうしたキーワードの一覧を目にして、結論として言えることは「自信喪失気味で元気のない男性」Vs「自信をつけ意欲満々で元気のある女性」ということではなかろうか。

最近の若者によく使われるキーワード一覧

(男性)

・ フリーター、非正規社員多し
・ 独身男性の著しい増加
・ 草食系男子
・ 覇気が感じられない
・ ガッツがない
・ 優しくてお人よし
・ 知識欲乏しい
・ 本を読まない
・ 携帯いのち"という感じの若者が多い
・ 車もたない
・ 酒あまり飲まない
・ 海外旅行しない
・ 女性を口説かない

(女性)
・ 肉食系女子
・ おっさん女子
・ 干物女
・ スカートはかない
・ 酒よく飲む
・ 宴会や温泉旅行がすき
・ 婚活に精を出す
・ 結婚に慎重


次にネットに載っている早稲田大学出身の柳澤桃子さんと言う方が卒論に書いた今の若者についてのおもしろい考察がある。ここではその序文だけをご紹介する。

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私が「草食(系)男子」という言葉を初めて耳にしたのは、2008年の夏頃だったように思う。

その後マスコミで盛んに取り上げられ、2009年ユーキャン新語・流行語大賞のトップテンにまで選ばれるほど瞬く間に「草食(系)男子」は社会に認知されるようになった。

はじめはその言い回しの面白さゆえに一過性の流行語と扱われがちだったが、ここまで社会に浸透したのは世の多くの人々が確かに草食系男子の存在を実感しているからではないだろうか。
 
しかし、一般的に草食系男子が多いと言われる世代である私は、物心ついた頃から周りの男性のほとんどがいわゆる草食系であったため、それが特別取り上げられるようなことには感じなかった。

雑誌やテレビ番組等で、草食系男子とバブル期の肉食系男子とが比較されるようになって初めて、「ああいう肉食系男子はドラマやマンガの中だけの存在では無かったんだ!」と反対に驚いたほどである。
 
他にも、草食系男子に続いて「肉食系女子」や「干物女」、「低温世代」といった今の若者を象徴する様々な言葉が登場し話題になっている。

「今の若者と昔の若者との違い」を知るにつれ、「なぜ、若者はこのように変化を遂げたのか」について非常に興味を持ち、今回のテーマを設定するに至った。

この論文では、「草食系男子」を筆頭として「干物女」「肉食系女子」といった現代の若者達の特徴を明らかにしたうえで、どのような社会的背景から彼・彼女らが生まれたかについて考察していきたい。

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2011年9月2日金曜日

なにもB級グルメだけではないが ・ 人はなぜ"B級"に惹かれるのか

B級とはいったい何なのか?

私の住む姫路市では、今年2度にわたって「B級グルメフェアー」という催しが開催される。

そのうちの1回はすでに春に終わってしまった。だが11月には残ったもうひとつの「B級グルメフェア全国大会」というのが開催される。

以前私のブログに「B級グルメとは何か・・・・・・・」という記事を書いたが、B級グルメに限らず、B級と銘打った商品やサービスは多い。

例えばB級映画やB級ホラー、あるいは新聞や雑誌に載るB級ニュースとも呼ばれるものもある。

では、このB級という言葉の概念はいったいどういうものなのだろうか。

何かで読んだものでも、誰に聞いたことでもないのだが、私自身としてはこう思う。

つまりB級とはAクラスのものに比べて、なんとなく危うさとかバタ臭さ、あるいは胡散臭さを感じさせるようなもので、そうした点が庶民性につながって、愛着や親しみやすさを感じさせるのでなかろうか。

そして結果として「こんなものもまたいいものだ」と言うような、いわば弱いものを助けるときのような一種の優越感を感じるのに違いない。

ではネットの「ウィキペディア」で、この言葉が発生してから今日に至るまでの、その歴史や沿革について眺めてみよう。

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・B級映画の特質

B級は、様々な事物に於いてその程度を表す表現として用いられており、下に述べる様々な事物の評価に用いられる。

ただし俗語の常として、発祥は映画制作に絡むとはいえ俗語的用法では不明確な部分もあり、その定義する範疇には揺らぎを含んでおり、例えば映画では「B級映画」や「B級ホラー」などジャンルのように扱われ映画評論家などが特定の作品を指して「B級」とすることはあっても、制作筋や同作品愛好筋がB級と評しているかどうかは別の問題である。

ニュアンスとして、一級品に及ばないという卑下(ひげ:程度が低いものとして蔑んでいること)の意味合いと、A級(=高品質だが高価)に比べて費用対効果が優れているという自負の意味合いがあるが、後者は含意としては存在するものの、それのみで使われる傾向は弱い。

専ら「強い感銘を受ける程ではないが、どういう訳か意識せざるを得ない」ような個性を持っている場合などに好んで使われる傾向がある。

・B級には熱狂的な愛好者が

B級と評されるものの多くは、そのいずれにも熱狂的な愛好者が見られ、見方を変えれば「マニアック過ぎて普遍的な支持が得難いモノ」と見ることができる。

こういった愛好者層は古くは雑誌などへの投稿やファン活動、あるいはより先鋭的なファンからなるおたく的な活動などといった形で顕著化していたが、

インターネット利用の普及期に前後して特定B級事物のみを扱ったホームページやそれら情報を集めたウェブサイトまたはブログなどの形で情報発信を行っている様子が見られる。

「B級」という価値観 [編集]こういった表現や評価は価値観の多様化に従って増加する傾向にあり、従来は映画関連でもレンタルビデオなど少ない出資で映画作品が楽しめるようになっていった1980年代以降に「B級映画」などの言葉が一種の揶揄と賞賛をない交ぜにした表現として

一般にも用いられるようになっていったが、元々は低予算映画の代名詞的な業界用語で、1932年から1947年に掛けてアメリカ合衆国内で制作された短期間撮影の低予算映画を指していた。

カルト映画は、熱狂的な愛好者層が存在する作品のことであるが、この辺りは低予算映画であっても人を熱中させる要素があったり、後の大スターが

有名になる以前に出演していた作品であったり他の分野の大物が主演した作品であったりと言うギャップを楽しんだり(ロナルド・レーガン出演の西部劇やミル・マスカラスらが主演するルチャシネマなどはその好例)と、人により様々な理由により支持されている作品である。

ただ「B級映画」の場合は「良質な作品に比べ劣っている」という側面を含むことから、中には封切り直後に「B級作品」と酷評を受け、人々の記憶から消え去った作品も無いではない。

・A級グルメとB級グルメの違いは

映画以外に目を向けると「B級グルメ」や「B級スポット」などと言う言葉が存在する。

これらは上に(長々と)述べたように「カルト的な人気を持つ」一方で「品質的には上質とは言い難い」ような評価を被るものである。

例えば食通が唸るような美食がA級のグルメであるとするならば、B級グルメの場合は「街の美味しいラーメン屋」や「意外に美味しいスナック菓子」など、より大衆的でリーズナブル(安価)なものである。


  以上、インターネット「ウィキペディア」より抜粋

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本日こうしたブログを書いたのも、わが街のあちこち貼られたB級グルメ開催のポスターをいつも目にしていることから、B級という文字が頭に焼き付いてしまったせいかもしれない。

参考文献 「B級ニュース図鑑」 泉 麻人著 (新潮文庫)

2011年9月1日木曜日

ベストセラーにだまされるな! ・ 本は”タイトルで売る”が今や出版界の常識

長いタイトルの本

長いタイトルの本が増えている

通勤途上でよく覗く駅構内にある本屋の店頭に「ビジネス書売上ベスト3」というポップのついた下のタイトルのような本が3冊並べられていた。

・9割がバイトでも最高のスタッフが育つディズニーの教え方

・これからのリーダーに知ってほしいこと

・誰からも気がきくといわれる45の習慣


これら3冊とも、実用書でいま主流になっている長いタイトルがつけられている

出版不況のいま、出版界は「タイトルがすべて」時代? と言われているらしい。

文芸モノと違って、ノンフィクションや実用書などのタイトルは著者にも決めさせてくれないことが多いそうなのだ。

出版社のほうで、読者の気を引く売れそうなタイトルをつけるのである。

したがって時には中身とかなりかけ離れたものになることも少なくないらしい。

以前大ベストセラーになった養老孟司の「バカの壁」という本もその種の本で類であるという。

タイトルと中身が違うということに関して、私は以前ブログに書いたことがある。

そのブログは昨年9月6日の「なぜ『人は見た目が9割』という本が売上110万部突破というミリオンセラーになったのか」というものである。

その中で私はこのように書いている。

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では、何故私が今回のブログのタイトルにするほど、この本がミリオンセラーになったことについて驚いたのかと言えば、この本に対する私の評価が極めて悪かったからなのである。

私の読書記録は「書名」「著者名」「出版社名」「価格」「発行日」「入手媒体」「読了日」「評価及コメント」の8項目からなっているが、最後の「評価及コメント」の項目でこの本は、評価の最も悪い「C」がつけられ、しかもコメントにはこう書いてある。

「そもそもタイトルに惹かれて読み始めたのだが、最初の方こそまずまずだが、次第に内容はテーマから離れていき、中ほどからはほとんど関係の無いような事柄を無理やりこじつけて、いたずらにページ数を稼いでいる。

書き手の力量不足を痛切に感じる1冊である」

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いまこれを読み直してみると、なんだか著者に悪いような気もする。

なぜなら、このタイトル「人は見た目が9割」というのは、おそらく著者がつけたものでなく、出版社によってつけられたものだと思うからである。

これを書いたときは、その辺の事情が頭になかったのだ。

まあそれはそうとして、出版不況の今では本を売るためにはタイトルで勝負するしか他に方法がないのだろう。

いかに目を引いて、気を引くタイトルをつけるかで"売れる、売れない"が決まってしまうと言っても決して言い過ぎではないのだ。

もしこれが実情なら、ハウツーものや実用書などでベストセラーになった本は、買う前に中身をよく
吟味することが必要である。

その本が中身ではなく、タイトルでベストセラーになったのではないかどうかを確かめるために・・・・・

日本の新しい首相野田佳彦氏 ・ とても気になる、その嗜好と趣味

・1日2箱のヘビースモーカー
  
該当している人には申し訳ないが、わたしは中高年(50歳ぐらい)以上の男性で、タバコを吸う人をまったく信用しない(例外もあるが)ことにしている。
  
でもなぜこんなことを言わなければいけないのだろうか。

ではその理由について、はっきり言うことにしよう。

それは彼らが年齢的に社会の責任ある立場に達していながら、自制心のない意志薄弱な人たちだと思えるからである。
  
"喫煙" 確かにこれは人々にとって、魅力的な嗜好の一つかもしれない。
  
しかし、この嗜好ははっきり言って過去の遺物である。
  
なぜ、遺物になったのかといえば、それは進化する社会に逆行しているからである。
  
なぜ逆行しているかといえば、それが人に害毒を及ぼすからである。
  
いまさらその害毒の一つ一つを並べるまでもない。
  
しかし、そんなことを百も承知のはずの一国のリーダーである首相ともある者が、どうしていまだに禁煙ができないのであろうか。

ましてや、なぜ1日40本もタバコを吸うことを口外してはばからないのであろうか。

これではまるで悪いことを、奨励したり、助長したりしているようなもので、指導者としてはまったく失格ではあるまいか。


・趣味は、なんと格闘技観戦

思わず誰か他の人のものと間違えたのでは?と思ったぐらいなのだが、どうやら本当らしい。

この方の趣味はなんと格闘技観戦ということで、最強と考えるプロレスラーはジャンボ鶴田だという。自身も柔道2段ということである。
 
柔道2段ということは、それなりにスポーツ家であると評価され、別段自慢しても悪いことではない。

しかし、問題になるのは趣味が格闘技観戦ということである。

格闘技、かく言う私もどちらかと言えば嫌いなほうではない。

しかし、どちらかと言えばショーとも思える見世物分野系のスポーツで、それを何も一国の首相たるものが趣味として1番に挙げることではないのではあるまいか。

なにかもっとほかに”高尚で上品”な趣味は持たないのであろうか。

人にはふさわしかったり、そうでなかったりするするものがある。

品格を第一に問われるべき立場にある人にとって、この趣味はふさわしくない。

こうした2つの理由もあって、またしてもわが国の新首相に大失望!!