2019年9月10日火曜日

今回の受賞作は「むらさきのスカートの女」だが、芥川賞作品の書評を書くのはつらい

 
芥川賞受賞作品を読む人が心しておきたいこと
 
芥川賞受賞作品は毎回雑誌「文藝春秋」誌上で発表されますが。そもそもこれが問題のもとなのではないでしょうか。
 
といいますのは文藝春秋は国民的雑誌ともいわれるように古くから多くに人々に愛されてきた雑誌で、いまどき珍しいぐらいの4~50万部もの発行部数を誇っている人気雑誌です。
 
総合雑誌だけに内容は偏っておらず、多くの人が関心を持つだろうと思われる話題が記事として取りあげられているスタンダードな雑誌と言っていいのではないでしょうか。
 
また教養雑誌とも呼ばれるだけあって、知的好奇心をくすぐるようなインテリジェンスを刺激する記事も少なくなく、それゆえに多くの知識人にも愛されています。
 
こうした雑誌に芥川賞受賞作品が掲載されることが問題があるのです。でも何故なのでしょうか?
 
 
芥川賞受賞作品は雑誌「文藝春秋」誌上で発表されるが
 
いまさら云うまでもありませんが、芥川賞は直木賞と並ぶわが国の文芸作品に与えられる最高の賞です。
 
それだけに毎年2回(3月と9月)の発表時には多くのマスコミに取り上げられ華々しく報道されます。その結果当然人々の関心の的になります。

それゆえに話題として広く庶民の間まで普及していき、この期間に限っては普段はあまり文芸に関係ないような人たちの間でも話題にのぼるぐらいです。

 
つまり「今回の芥川賞で話題になっているあの作品読んだ?」とか何とか。

ふだんあまり本を読まない人たちでさえ、こんなふうに話題にするのですから、日ごろから本好きを自認する人たちが放っておくはずがありません。
 
ましてや文藝春秋誌上で発表されるとあって、そうした人たちは書店に走り飛びついて読むのです。

問題があるのはこの点なのです。それは他の雑誌に比べて文藝春秋の発行部数は桁違いに多いからです。
 
雑誌が売れない昨今なのに、文藝春秋に限ってはコンスタントに40~50万部売れているのです。

ということは少なくとも4~50万の人々が、真っ先に芥川賞受賞作品を目にすることになるのです。

この4~50万人という数が問題なのです。
 
 
芥川賞の対象になる純文学の愛好者は極めて少ないのに
 
上で芥川賞の受賞作品は少なくても4~50万人の文藝春秋読者が目にする、と書きました。4~50万人は大きな数ですが、まずこの数を念頭においてください。
 
次に上げたいのは芥川賞の対象になる純文学愛好者の数についてです。

芥川賞受賞作品は一般的に純文学誌に掲載された作品が選考の対象になります。純文学誌で代表的なものは五大文芸誌ともいわれる、文学界、群像、文藝、すばる、新潮などです。

ではこれらの雑誌の発行部数はといえば、各々がいずれも1万部以下です。ということは5誌すべてあわせても、いいとこ3~4万部でしかないのです。

これを文藝春秋の4~50万部と比較すると、なんと10分の1でしかないのです。問題はこの点です。

つまり、わずか3~4万人しか愛好者がいない純文学作品を純文学には特に関心のない4~50万人もの文藝春秋読者が読むことにあるのです。

結果は明らかです。読んだ人のほとんどが、理解できない、面白くない。と思うのが普通なのです。

なぜなら芥川賞受賞作品は純文学マニアやおたくたちが対象のものであって、一般の人には無縁な作品が多いからです。

それなのに文藝春秋のような一般の読者の多い総合雑誌で発表するからミスマッチによる誤解が生ずるのです。 
 
 
芥川賞受賞作品は誤解されるのはマスコミの取り上げ方に問題があるから
 
要するに芥川賞は純文学愛好者というマニアやオタクと対象にしたマイナーな文芸作品がターゲットになっているのです。
 
狭い範囲のマニアやオタクしか理解できないものを、一般の人が好むわけがありません。
 
その理屈を無視して、マスコミが芥川賞を必要以上に取り上げて宣伝することにも問題があります。
 
その結果ベストセラーとなって、売れなくても良いものが売れてしまう馬鹿げたことが起こるのです。
 
芥川龍之介は嘆いているに違いありません。

というわけで、今回の受賞作「紫のスカートの女」も、わたしも含めて、多くの一般の人にとっては、わけの分からない作品としか思えないに違いありません。
 
 

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