2022年11月4日金曜日

私とNYのホテル 50年前の小さな日米関係

 





紳士的だったニューヨークのホテルマネージャー


上にあるのは今から約50年前に米国ニューヨーク市のつのホテルから大坂の私に送られてきた手紙である

50年前の大阪といえば忘れもしないあの世紀の大イベントExpo ’70 大阪万博があった頃だその万博が終わった年に私はニューヨーク渡航を計画していたのだ

その頃の私は大阪のシティホテルでフロントスタッフとして働いており、12年間の間に市内つのホテルを転籍して3つ目の職場ではアシスタントマネージャーの地位を得ていた

ホテルマンとして更にステータスを上げるためにはもっと勉強が必要だと感じホテル先進国の米国行きを決意したのだ

そのために訓練生として雇ってくれる職場探しを始めその目的で私が送った手紙に返信されてきたのがこれら通の手紙なのである


見知らぬ東洋人のぶしつけな手紙に親切に応答してくれたNYの名門ホテル

それにしても当時のアメリカのホテルのマネジャーは思いやりがあふれてとても親切だった

というのも見ず知らずの東洋の一ホテルマンからいきなり送られてきたリクエストの書状に対して好意あふれ丁寧な返信を送ってくれたからだ

場合によっては紹介者もなしに失礼にもほどがある!」無視されてノーアンサーという結果に終わったかもしれないのだ

でもこれは後で気づいたことなのだが手紙を送った時節的タイミングが非常に良かったのかもしれない

それは当時のニューヨークは日本人観光客ラッシュで名だたるホテルはどこも連日日本人団体客であふれたいたのだ

そこで必要になるのが言葉の心配のない日本人スタッフだ二のニーズにぴったり当てはまったのが私が送った求職打診の手紙だったのだ

 

Mr.Parkerから始まったNYのホテルか所の面接連鎖
名のマネージャーはみな親切だった

いずれにしても私はその手紙を持参して意気揚とニューヨークへ向かったのだそしてまず訪ねたのがホテルバークレイのミスターパーカーであった

彼は手紙に書いていた通りのことをさも申し訳なさそうに言って代わりにいい人を紹介してあげると連絡してくれたのがホテルアメリカーナのセールスマネジャーギルフォイル氏であった

ホテルアメリカーナはパーカー氏のバークレイに比べると歴史や伝統はそれほど感じられないがいかにも近代的でしゃれた感じの高層の建物であった

ここで働けるのかと喜んでいたらギルフォイル氏はさらに次のホテルを推薦してくれたのだ

私のところよりもっと日本人客が多いところの方が良いのではという理由で紹介してくれたのがニューヨークヒルトンなのである。

そこまでことが進んで私は最終的にNYの職場は有名なヒルトンホテルになったかとすっかり満足してしていた

もっとも配属されたのはさらに日本人客が多い系列のスタットラーヒルトンというホテルであった

そこで出会ったのが直属上司となるフロントマネージャーのスレイター氏であった

かくして

バークレイアメリカーナニューヨークヒルトンスタットラーヒルトン

と経由してやっとつ目でNYでの勤務先のテルが決まったわけだ

それにしてもニューヨークのホテルのマネージャーは人ともみんな親切な人ばかりだった

 

手紙をくれたHotelBarcley,HotelTaft(現ミケランジェロは今も健在


Hotel Barclay


                 (旧) Hotel Taft



私に手紙をくれたニューヨークの二つのホテルは半世紀が過ぎた今も健在である

上に載せたのはHotel Barclayの現在の写真と、Hotel Taftの建物過去の写真である

Hotel Barclayは当時も歴史のある立派なホテルだったが、50年を経た今もインターコンチネンタルホテル傘下でニューヨークの名門ホテルとして君臨している

一方のHotelTaftは経営者が代わりホテルザ・ミケランジェロとして今も健在だ

50年を経た今もあのつのホテルが健在であることは私にとっては限りなく喜ばしいことである

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