2024年8月26日月曜日

書評「遠慮ないうたた寝」 小川洋子 河出書房新社

 


やさしさ、温かさ、思いやりに満ちた心温まるエッセイ集

エッセイについては常々思っているが、たとえ有名作家のものであっても、必ずしも作品が優れているとは限らない。

やっつけ仕事とまでは言わないが、締め切りが迫って気の乗らないまま仕方なく書かされた、と思われるものも少なからずあるのだ。

そうした作品はテーマ、内容、切り口などいずれも良くない、いわゆる心のこもってない作品で、どう見ても一生懸命書いたとは思えない。

それに反して今回ご紹介する小川洋子のエッセイ集「遠慮ないうたたね」はどの作品も心を込めて一生懸命書かれたことが読んでいてよくわかる。特に第一章は秀逸な作品が揃っている


日常のなんでもない事をテーマに切り口よく上手にまとめている

エッセイの良し悪しはテーマと切り口で決まる、と常々思っている。テーマ、切り口とも良ければ言うことはないが、日常の何気ない事をテーマにしても切り口が良いと、作品として優れたものになる。

今回のエッセイ集「遠慮ないうたた寝」が良かったのがまさにこれに当てはまり、テーマは何でもないことであっても、切り口が鋭いためすぐれた作品に仕上がっているのだ。

とはいえ最初から最後まですべてが良いわけではない。最も良かったと思えるのは第一章で、これが全体の半分ぐらいのページを占めるので評価を高めている。

でも第二章以降はいわば付け足しのような作品が多く、いわば誰でも書けるような平凡なエッセイと言っていいかもしれない。

 

これは意外!小川洋子と官能小説

ネット画像に載っている小川洋子さんの画像を見ると、どれもかわいらしくて清純なイメージである。

でも驚いたのが第四章である。下で紹介するこの本の目次にもある(官能とユーモア 田辺聖子『ジョゼと虎と魚たち』という小説を紹介しているのだ。この作品は30年以上も続くロングセラーの人気作品である。

多くの人がこの作品を「大人の恋愛小説」と言うが、言い換えると官能小説と呼ばれる分野に入るのではなかろうか。

官能には「性欲を享受する」という意味があるように、官能小説とはずばりセックスがテーマの小説と言ってもいい。

その作品の男女の官能シーンを小川洋子は深く感銘し、作者を褒めちぎっているのだ。

でもこうした作品に深入りするのは、それこそ彼女のイメージ(こちらが勝手に作りあげたものかもしれないが)にそぐわないと思うのだが。

とはいえうなずける点もある。それは小説家を含めインテリ女性ほどセックスに関心が高い、と日ごろから思っており、あの清純そうな小川洋子もやはりそうだったのだ、と納得できるからだ。

 

装丁(表紙)の美しさも見逃せない

余談めいた話になるが、この本を気持ちよく読めた理由の一つは群を抜いた装丁の美しさである。

もちろん装丁は内容の良し悪しとは一切関係ないのは言うまでもない。

しかし、表紙を眺め、その美しさがページをめくる楽しさを高めることもあるのだ。

ちなにみこの装丁に携わったのは名久井直子さんである。

 


・・・・・・・・・・・

出版社内容情報

神戸新聞の人気連載「遠慮深いうたた寝」を中心に、約10年分の中から作家の素顔が垣間見られる、極上エッセイを厳選収録。

 

内容説明

日々の出来事、思い出、創作、手芸、ミュージカル…温かな眼で日常を掬い取り、物語の向こう側を描く9年ぶりのエッセイ集!


目次

1 遠慮深いうたた寝(集会、胆石、告白;地雷だらけの世界で ほか)
2 手芸と始球式(手芸と始球式;指と果物 ほか)
3 物語の向こう側(干刈さんの指;二次会へ ほか)
4 読書と本と(官能とユーモア 田辺聖子『ジョゼと虎と魚たち』;恋をなくした時に読みたい本 ほか)

 

著者等紹介

小川洋子
1962年、岡山県生まれ。早稲田大学第一文学部文芸専修卒業。88年「揚羽蝶が壊れる時」で海燕新人文学賞を受賞し、デビュー。91年「妊娠カレンダー」で芥川賞を受賞。2004年『博士の愛した数式』で読売文学賞、本屋大賞、『ブラフマンの埋葬』で泉鏡花文学賞、06年『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞、13年『ことり』で芸術選奨文部科学大臣賞、20年『小箱』で野間文芸賞、21年菊池寛賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

出典:紀伊国屋書店


0 件のコメント: