2021年1月16日土曜日

これだけはぜひ読んでほしい 《プレイバック記事特集・その2》 



高校英語リーダー教科書に載った珠玉の短編小説2編
 

 

《忘れられない高校英語リーダーの名作》

 2回シリーズ一挙掲載(6,759文字) 

 

(第1回)   

 MY PIANO TEACHER(出典:new crystal 2B.L5)   

                             Laurie Colwin  訳:大平庸夫

思春期は子どもから大人への過渡期であり、物事に対する新しい感覚が芽生え、また自分自身についても目覚めたり発見したりする時期である。それゆえに、親と子の争いがしばしば起こるのもこの時期なのだ。これから紹介するのは、思春期の少女と奥さんを亡くした1人の男性ピアノ教師にまつわる話である。ここで起こるのは、当然のことながら母親の強い干渉であるが、そのために揺れ動かされる少女の微妙な心のひだを著者は見事に描き出している。


 パーカー婦人が心臓発作で予期せぬ死をとげたのは去年の晩秋のことであった。

 わたしの両親はそのことを知ると、すぐお悔やみに出かけて行ったが、その二日後の正式なお悔やみにはわたしもつれていかれた。

小春日和の暖かい日であったが、その家はあちこちが閉ざされており風通しが悪かった。顔見知りの近所の人も何人か来ていた。

 パーカー氏の姉妹たちがソファーに腰掛けており、部屋の隅には教会から来た人たちが立っていた。入口のところで律法博士の息子がわたしをつまずかそうとして足を出してきたので、お返しにそれを蹴ってやった。

わたし達は思春期にありがちな、云わば ”恋しさ余って憎さ百倍”とでもいうような敵同士の仲であり、お互いがいつもそうした方法でしか自分のことを表現できず、それで精一杯相手の愛情をしめしたつもりになっていた。

 わたしは以前からパーカーさんの家がとても好きだった。それは一軒だけ残っていたビクトリア王朝風の建物で、まるでウエディングケーキのような形をしていた。

 居間は丸くなっており、どの壁も全部丸いカーブを描いていた。3階部分は塔になっていて、そのてっぺんには風見鶏がついていた。

 わたしはパーカーさんのピアノレッスンを水曜日の午後うけたいた。その日に限って彼が早く帰宅するからである。彼は決してわたしを叱ったり、懲らしめたりしなかった。

 最初の15分は準備練習に当ててくれ、その時はわたしの好きな曲を弾かせてくれた。

 その後、パーカーさんがその週の練習箇所を弾いてくれた。彼の演奏はとても正確だったが、時々夢を見ているような表情になることがあった。

 それからわたしが同じ箇所を弾き、最期は二人がパートごとに弾いていき、途中でパートを交換して何度も何度も繰り返した。

 夫人のお葬式が終わって数ヶ月たった頃、パーカーさんが私の両親に宛てた感謝の手紙をことずけた。両親は彼をしばしば夕食に招待していたので、たぶんそれに対するお礼だったのであろう。

その手紙には、しばらく中止していたピアノレッスンを次の水曜日から再開するとも書いていた。

わたしはまた放課後パーカーさんのところへ通い始め、すべてが元どおりになった。15分の準備練習、その後のパーカーさんの演奏、そしてわたしが繰り返して、すべてが前と同じであった。

 でもパーカーさんの髪の色だけは、以前の金髪から藁のような色に変わっていた。

 彼も、そして亡くなった奥さんも、かつては若々しさとか、みずみずしさを備えた時代があったに違いない、でも時の経過がそれらをすべて色あせさせてしまったのであろう。 

 彼は痩せていて、時としては寂しそうに見えたが、穏やかさの中にも元気さはじゅうぶんに持っていた。たいていはブルーのカーデガンを着ていて、縞模様のネクタイの上からきっちりとボタンをかけていた。

 

 ある日のレッスンの後、どこで見つけてきたのか、彼はコマドリの卵をわたしにくれた。

 窓のそばのバラの花束を通して要綱がキラキラかがやいているのを目にしてから、わたしは外へ出て家路についた。

 家に帰ったとき母は台所にいて、何か怒っているような表情でわたしを見た。

 「どこへ行ってたの?」いつもと違って、ぶっきらぼうな聞き方だった。

 「どこって、ピアノレッスンよ」

 「どのピアノレッスンなの?」

 「どのピアノレッスンかって、お母さんよく知っているでしょう、パーカーさんのところにきまっているじゃない」

 「おかしいわ、また始めるって、あなた私に何も言わなかったじゃない」

 「そんなこと言っても、水曜日にはいつもあそこでレッスンがあったでしょう」

 「私はね、奥さんが亡くなったいじょう、もうあそこではレッスン受けてほしくないのよ」

 母のその言葉には応えず、わたしはわざと大きな足音をたてて自分の部屋へ戻ると、いロビンの卵をとりだして、それを柔らかいソックスで包んだ。

 興奮したせいか、のどが渇いているのがよくわかった。

 「マーチンさんのところでいいでしょう」母がやり返してきた。

マーチンさんというのは、かつてのわたしのピアノ教師であるが、すごく太っていて、いつもベーコンのような匂いを漂わせている女性であった。

彼女のレパートリーはそれほど広くなく、どちらかといえば、10歳以下の子ども向きで、上級レベルのわたしに向かないのははっきりしていた。

「マーチンさんのところへなんか行かないわ、あんな子どもの行くとこ、わたしはもうとっくに卒業したのよ!」 わたしは叫び声でそう言った。

泣き出したい気持ちをごまかす為にフォークを乱暴にジャガイモに突き刺して、あんなとこへ行くくらいなら首を吊ったほうがましだわ」とつぶやいていた。

それからもパーカーさんのレッスンは続けたが、しばらくは何もいわれなかった。

でもレッスンが終わって家に帰ったときは、母も私も、お互いが冷ややかな目つきで接していた。

夜二人で夕食の後かたずけをしているとき、母はわたしにいろいろな質問を浴びせてきた。わたしの日常生活に関するそうした干渉は、わたしにとってイライラさせられるだけの他の何物でもなかった。

母は朝の授業からはじまって、家に帰るまでの行動について系統立てて根掘り葉掘り聞いてきたが、彼女の厳しい尺度に当てはめれば、わたしのすることなど、すべてが正しくないに違いなかった。

いつもそうだったが、母は質問の最後になると、急に猫なで声になってわたしに聞いた。


「ねえ、それでパーカーさんは近頃どうなの?」

「元気よ」

「で、レッスンの方は進んでいるの?」

「進んでいるわ」

「奥さんが亡くなって、家の雰囲気はどうななの?」

「変わらないわ、パーカーさん最近子猫を買ったようよ」

「どんな子猫なの?」

「ピンクっぽい色をした子猫」

「パーカーさん、お酒飲むの?」

「いつもレモネード飲んでるわ」

「こんなこと聞くのは、彼が大変だと思うからなのよ。さぞ辛い毎日だと思うわ」

急に怒ったような口調で母が言った。

「わたしにはパーカーさんがそんなに大変だとは思えないわ。お母さんの勘違いよ」

「そうなのかしら」

母はそう言いながら丁寧にディッシュタオルをたたんでいた。

「ねえジェーン、正直に言うとねえ、私あなたを男1人のパーカーさんのところへ行かせたくないのよ。あなたに何か起こったら大変だと思って」

「なに言ってるのよお母さん。彼はわたしのピアノの先生なのよ。そんなことあるはずがないじゃない」

そう言うと急に涙が出てきて、逃げるようにして台所を出ると自分の部屋へ駆け込んだ。母もついてきて、わたしが涙を見られないように背を向けて座っていた机の反対側にあるベッドの縁に越をおろした。

「私はあなたのことを思うからこそ言っているのよ」

「もしわたしのことを思ってくれるのなら、どうしてピアノレッスンに行ってほしくないなんて言うのよ」

「ピアノレッスンがいけないなんて言ってないわ。私が言っているのは、あなたはもう子どもじゃないんだし。子どもにも大人にもそれぞれ特権があるわ。でもあなたは今その中間にあるのよ。難しい時期だと思うわ」

「お母さんなんか何もわかってないわ。ピアノレッスンに行かせたくなくてそう言ってるだけじゃない!」
「私はあなたを守ってあげようとしているのよ」母は立ち上がってそう言った。

「パーカーさんがもしあなたの体に触りでもしたら、あなたはいったいどうするのよ」

母は ”体に触る”などという、聴くだけでも身震いしそうなおぞましい言葉を使ってそう言ったのだ。

「お母さんはありそうにもないことを大げさに言っているだけだわ!」

わたしはそう言うと、今度はおおっぴらに泣きはじめた。

そこでわたしが母の胸に飛び込んで抱きついてさえいれば、ことは丸くおさまっていたかもしれない。でも、そうすることはわたしの敗北を意味するのである。そうはいかなかった。をれはわたしと母の戦いであったから。

「今日はこれまでにして、また次のときに話しましょう」そう言った母も、今にも泣き出しそうな表情をしていた。

水曜日が来て、わたしは微かな期待と不安が入り混じった複雑な心境でパーカーさん宅の門をくぐった。でもすべてが普通どおりであった。最初の準備練習はひどいもので、そらで覚えていたいちばん簡単なパートでさえ間違える始末であった。

パーカーさんがその週の練習箇所を弾いてくれていたとき、わたしはなんとか彼のタッチを覚えようと努めていた。わたしが弾く番になると彼は床に上にメトロノームを置いてくれた。わたしは懸命に弾いた。そして正しく弾いているのが自分自身でよくわかった。

”わたしはすばらしい演奏ができるようになっている。レッスンに苦闘することもなしに”

弾き終えたとき、パーカーさんがそばに走り寄ってきてわたしの肩を抱いた。

「完璧だ!じつに完璧だ!君はついに成し遂げたよ!」彼は興奮気味に言った。

「教える者にとってこんなに嬉しいことはない!」

それから私たちは何曲課のパレストリーナのパテットを聴きながらレモネードを飲みクッキーを食べた。

外へ出たとき曇っていたせいかもう薄暗く、街灯が鈍いグリーンの光を放っていた。何かすごく恐ろしいような、でも反対にとても嬉しいような、そんな複雑な感情を抱きながら、わたしは帰り道をゆっくり歩いていた。

”わたしは大人のように立派に演じることができた。そして大人にも賞賛されたのだ。もう子どもじゃない!でも、大切でかけがえのない何かが私から離れていくような気がする”

途中で木の下に行って座ると、わたしはまるで赤ん坊のように大きな声を出して長い間泣いた。

やっぱりパーカーさんは私の体を触ったのだ!!

 

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 (第2回)

  THE SANDPIPER(いそしぎ)

           
          Mary Sherman Hilbert(出典:new horizon 2,L3)訳:大平庸夫 

 

 

この話は、ピーターソンという女性とウェンディーという少女の交流を、事実に基づいて描いた物語である。

 人っけのない砂浜で1人で遊んでいる少女のことを、ピーターソンは初めはあまり気にかけていなかった。その頃の彼女の気持ちはあまりにも荒涼としていて、少女と遊ぶような余裕はなかったのである。だが時がたつにつれて、彼女はこの少女ウェンディーや、浜辺に飛んでくる イソシギ という鳥について多くのことを知った。でも何よりよく自覚できたのは彼女自身のことについてであった

 

 

 私がはじめてその少女を見たのは、彼女が浜辺で砂のお城を作っているときであった。

 

「砂の手ざわりって、とても気持ちがいいわ」 


少女が見上げながら言ったが、私はそんなことには少しも関心がなかった。その頃の私は、周りのすべてのことにうんざりしていて、心の余裕など少しも無かったのだ。

 

 「名前なんていうの?」 少女が聞いた。

 「ルースよ、ルース ピーターソン」 私はややぶっきらぼうに応えた。

 「わたしウェンディーというの、6歳よ」

 イソシギが滑るように飛んできて海岸の方へ下りていった。

 「ママはね、イソシギって幸せを運んでくるんだって」 


少女は私の方を見て微笑みながら言った。私はぎこちない笑顔を返すと、少女を残してそこを離れた。

 「また来てね、ピーターソンさん。この次はきっと楽しいよ」

 

 数日たった或る晴れた日の朝、 ”どうやら私にはイソシギが必要なようだわ ”


 そんな独り言を言いながらコートを着ると足は浜辺の方に向かっていた。頬に冷たい風を受けながら私はどんどん歩いた。

 

 その時はあの少女のことが頭に無かったので、彼女の姿を見たときは一瞬びっくりした。

 

 「こんにちは ピーターソンさん、私と遊びたい?」


 「あなたは何がしたかったの?」

 

 子どもに邪魔されるうっとうしさをかろうじて抑えながら私は応えた。


 「うーん、分からないわ、お姉ちゃんが言って」


 「言葉当てゲームはどう?」 私は皮肉っぽく言った。


 「わたしそれ知らないわ、何なの?」


 「そう、それじゃ仕方ないわ。歩きましょ」


 少女を見たとき、その顔色がいくぶん青白いのに気がついた。


 「どこに住んでいるの?」 私はそう訊ねてみた。


 「あそこよ」 彼女は避暑用の別荘を指差しながら答えた。


 それを聴いたとき、こんな冬になぜだろう?と、私にはすごく不思議に思えた。


 「どこの学校へ行っているの?」


 「学校へは行っていないの。私たちは今休暇中だって、ママが言ってたわ」


 浜辺を歩いている間中、彼女は嬉しそうな顔をして喋り続けていた。でも私は別のことを考えていた。

 

 私が家にかえるとき、ウェンディーが「とても楽しい日だったわ」と言った。


 私はいくぶん気分がよくなっていて、彼女を見て微笑んだ。

 

 それから3週間たった或る日、私はこの上なくうっとうしい気分を持て余しながら、また浜辺に行ってみた。


 その日はウェンディーと話すどころの気分ではなく、彼女の母親が彼女を外へ出さなければいいのに、というふうにさえ思っていた。
 

 「ねえ、もしよかったら・・・・・」


 ウェンディーが私を見つけて、ついてこようとしたとき、私はさも機嫌悪そうな声で言った


 「私ねえ、今日は1人でいたいのよ」


 「どうしてなの?」 そう訊いた彼女の顔は、前の時より一層青ざめて見えた。


 私は彼女の方を振り向くと、自分でも何を言っているのかはっきり自覚することもなく

 「何故って、私のお母さんが亡くなったからよ!」と叫ぶように言っていた。

 

 無邪気な子どもを前に、なんと馬鹿なことを言ってしまったのだろう。


 「そうだったの」 彼女は静かに応えた。


 「じゃあ今日は悪い日なのね」


 「そうよ、今日だけでなくて昨日も一昨日もよ。ねえ、私なんかほっといて向こうへ行って遊びなさいよ」


 残酷な言葉だとはよくわかっていたが、そう言うと彼女を残して立ち去った。


 

 それから一ヶ月くらいたってから、私はまた浜辺に行ってみた。この前言ったことに対して恥ずかしさと罪の意識を持ちながら、私はウェンディーを探して歩いた。でもいくら探しても彼女は見つからず、代わりに一羽のイソシギが静かに飛んでいるのが見えた。


 私はそのとき初めて、彼女が側にいないことの寂しだを感じていた。

 

 それからすぐ彼女の別荘へ行ってドアをノックした。まだ若くて美しい女性がどあを開けて現れた。
 

 「私アンダーソンと申します。お宅のお嬢さんが今日は浜辺には見当たらず、どこにいらっしゃるのかと思いまして・・・・・」

 

 「まあ、あなたがアンダーソンさんでいらっしゃるのね。どうぞお入りになって。ウェンディーがいつもあなたのことを話していましたわ。あの子、あなたの邪魔になったんじゃなくって? もしそうだったのならご免なさいね」


 「いいえ、決してそんなことはありませんでしたわ。とても賢いお嬢さんでいらして」


 とつぜんそう応えながら、私はそのことに初めて気がついたという風だった。

 

 「それで今どこにいらっしゃるのですか?」


 「ウェンディーは先週亡くなりましたわ、ピーターソンさん。あの子、白血病だったんです」
 

 私の胸を激しい動悸が走り言葉を失ってしまった。立っていられない気がして近くの椅子をまさぐった。心臓が激しく打っていた。

 

 「あの子、浜辺がとても好きで、あそこで楽しい思いを一杯したようだったわ。そうそうピーターソンさん、あの子がこれをあなたに渡してくれるように言ってたわ」
 

 彼女はそう言うと、子どもらしい字で、Miss.Pへ、と宛名書きした封筒を手渡した。中には黄色い砂浜、青い海、そして茶色い鳥がうすい色のクレヨンで描かれた絵が入っており、その下の方に太い文字で ”イソシギがお姉ちゃんにしあわせをはこんでくるよ ”と書いてあった。


 大粒の涙がどっとあふれてきた。そしてそれと同時にほとんど忘れかけていた温かい”人の愛”に触れた思いがして、胸のつかえが一気に晴れたような気がした。

 

 「ごめんね、本当にごめんね!」 泣きながら私は何度も何度もそう叫んだ。


 小さな絵の下に書かれた一行の文字、この一文字一文字こそ、彼女が生きてきたかけがえのない一日一日だったのだ。これこそ、私に真実の愛を教えてくれたあの少女からのすばらしい贈り物なのだ。



 

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