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「その中小企業主。相手が預かっておくと言った半分の馬券、確かに見たのでしょうか?」
「そのことですけどね。チラッと馬券らしいものは見せたらしいんですけど、すぐポケットにしまってしまったので、はっきりとは見えなかったらしいのです。わたしの考えでは、まず馬券は買っていなかったでしょう。二十万円ネコババしたのですよ 」
「やっぱりそうなんですか。コーチ屋って、そんな手口も使うんですね」
「そりゃあなた、いろいろな手を使いますよ。今日なんかのものよりもっと悪質なのもありますよ。ほら、つい一ヶ月ほど前だったか、新聞にも出ていたでしょう。大阪の競艇上でのこと。見ましたか?」
「いや、見ていません。それはどんな?」
「ちょっと待ってくださいよ。確かとってあると思いますが」男の人はそう言って下の方を向いて、机の引き出しを開けると、何やら中をゴソゴソまさぐっていた。そして「ありました。これです」と言って、取り出したスクラップブックを広げてテーブルの上に置いた。
久夫は目を大きくあけてそれを見た。葉書大くらいの紙面で、見出しの隅に一ヶ月少し前の日付が記されていた。
〈競艇コーチ屋詐欺 必ず当たると三百万円〉そんな見出しのついた記事の内容はざっとこうだった.。
『大阪の某競艇場などを舞台に、客に「当たる券を買ってやる」と持ちかけ、客が金を持っていないときは借用証を書かせたうえ、実際には券は買わず、「はずれた」と言って代金の支払いを迫るコーチ屋グループの被害が続出。大阪府警は十三日、グループの主犯格、兵庫県生まれの無職山下某を詐欺容疑で指名手配した』
山下容疑者は奈良県の会社員(四十五)に、「競艇場でエンジンの整備士をしており、予想がよく当たる。次のレースを任せてみないか」ともちかけた。その時仲間の山本某が家具店社長を装って、新聞紙を切って作った部厚い札束を見せて、「前のレースでこれだけ儲けさせてもらった」と言って信用させ、さらに別の仲間が現金二百万円を見せて「金は貸してやる」と説得。
会社員に借用証を書かせ、レース後に「はずれた」と返済を要求。五日後に大阪北区内の喫茶店で百五十万円を受けとった。山下などは舟券は買ってなかった。
犯人などは他にも近畿や四国の競艇場でも同じような手口で、これまでに千二百万円を詐欺していた』
「へえー、借用証を書かせてまで。しかも一度に百五十万円も、まったくひどいもんですねえ」記事を読み終えた久夫はため息まじりで言った。
「どうですか?こんな記事読んで。少しは気が楽になりましたか?」
男の人がタバコをもみ消しながら言った。
「ええなんとか。あのときはカッと頭に血が上りましたが、他の人たちに比べると僕の被害は小さくてすんだようです。不注意であったことに違いありませんが、いい勉強になりました。いろいろありがとうございました」そう言って、男の人に深々とお辞儀をしてそこを出た。
気持ちだけは何とか冷静さを取り戻した久夫だったが、警備室を出てふとズボンのポケットに手を入れて、触った薄い千円刷の束を取り出してみて、またあらたに気分を滅入らせた。
あーあ、残金が八千円か、給料日まで十日以上もあるというのに、これでいったいどう過ごせばいいのだろう。
すでに三時前になっており、レースはあと二つ残っていたが、それだけしかない残金のこともあってか、久夫はもうすっかり競馬に対する興味を失っており
