2020年8月4日火曜日

若き日の思い出がいっぱい詰まった大阪中之島  リバーサイドを散策


大阪中之島リバーサイド


20代に過ごした3つの職場はすべて中之島にあった

大阪中之島といえば20代の若き日のわたしにとっては無くてはならない大切な街でした。それはこの年代をを通じて勤務した3つの職場であるホテルがすべてここにあったからです。

そのホテルとは新大阪ホテル、大阪グランドホテル、リーガロイヤルホテルの3つでいずれも当時の大阪を代表するホテルです。

新大阪ホテル全景
20代で最初に勤務したのは新大阪ホテルです。このホテルは中之島の中心で現在は住友中之島ビルのある場所にあった大阪最古の名門ホテルです。

写真でもわかるように三層に別れた建物で、こうした何層かに分かれた形式の建物は古いアメリカのホテルによくある形です。

私がニューヨーク時代に職場留学したスタットラーヒルトンホテルもそうでした。

今のホテルの建物のような縦に伸びた流線的な華やかさは少ないものの、なんとも言えない格調と威厳を醸し出しています。


大阪グランドホテルの跡地にできたフェスティバルタワー(イースト)

中之島で2番目に勤務したのは大阪グランドホテルです。このホテルは大阪フェスティバルホールを併設した当時最も近代的と言われたホテルで、外国人客が多いことで有名でした。

中之島フェスティバルタワー
新大阪ホテルと経営母体が同じということで転属になり、フロントオフィスのメール係として働きま
大阪グランドホテル
した。

メール係と言ってもピンとこないかもしれませんが、外国人客の多いこのホテルでは

海外あての郵便物だけでなく国際電報や国際電話の受付も兼ねており、フロントの中でも割に多忙なセクションでした。

このホテルで特筆したいことは、ミステリー作家で有名な森村誠一氏が若かりし頃フロントマンとして働いていた事です。

氏には有名な「高層の死角」という小説がありますが、このホテルで経験したこともモチーフになっています。

私が働いたのは氏が退職した後でしたが、なにはともあれ、あれ程の有名作家と職場が同じだということは誇らしいことです。


リーガロイヤルは昔も今も大阪を代表する名ホテル

大阪中之島で大阪グランドホテルの次に働いた職場はリーガロイヤルホテルです。

ここでもフロントオフィスで働いたのですが、このホテルは当時は大阪で最高級のホテルであっただけでなく、日本全体でも屈指の名ホテルとして名を馳せていました。

とはいえ、当時と比べると現在はホテルの数は比べようがないくらい増えています。

リーガロイヤルホテル
当時の大阪のホテルといえば、リーガロイヤルホテルと大阪グランドホテルを除けば、他に大きなホテルといえば大阪国際ホテルぐらいでした。

それが大阪万博(EXPO 70)を機に、ホテルプラザ、東洋ホテル、新阪急ホテルなどというふうに増えていき

その後は年を重ねるごとに高級ホテル建設ラッシュが続き、現在のように多くの外資系ホテルを含めたホテル大競争時代になったのです。

そうした中でリーガロイヤルホテルは今も一昔前と同じようにヒルトン、シェラトン、コンラッド、リッツ・カールトンなど外資系高級ホテルに負けることなく大阪を代表する名門ホテルとして君臨しているのです。





大阪中之島を代表するビル群









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