2018年2月25日日曜日

おもしろくなくては小説ではない! ・ 私の小説作法(その2)


小説新人賞の審査員は応募作品をどのように読むのか?


この記事のシリーズ(その1)でも書いたように、小説が面白いか、そうでないかは、出だしの12ページを読めばわかります。それをよく知っているのが応募作品を最初に読む下読みといわれる審査員です。

小説新人賞はいろありますが、大手出版社による人気の高いものになると、一度の応募が1000編以上に達します。

これだけの数になると審査が大変です。数が多いだけでなく、各々の作品は400字詰め原稿用紙にして100枚~400枚もあるからです。

これらの作品はまず最初の審査で、下読み担当と呼ばれる人たちによって読まれることになります。


審査員は応募作を初めから終わりまで丁寧に読むわけではない


とはいえ、そこは慣れたもので、読み方に要領があるのです。つまりどの作品も最初の13ページと中ほど数カ所だけ力を入れて読み、あとはすべて流し読みですませるのです。

面白くて魅力ある作品は、たいてい場合最初の部分で読者を惹きつけようと力を入れて書いているものです。

したがってこの部分を読めば、あとは適当に流し読みをすれば全体の作品像が掴めるのです。

これで分かるように、読者を惹きつけるおもしろい小説というのは、最初の数ページで決まるのです。

私の中編小説(3編)の最初のページを紹介します


前回(その1)では、中編小説5編 「編む女」「ナイトボーイの愉楽」「清水さんの失敗」「直線コースは長かった」「紳士と編集長」をご紹介しました。

それに続き今回はわたしの作品の中で最も長い(400230枚)「ニューヨークウエスト97丁目」と他の2編をご紹介します。今回も書き出しの部分、最初の2ページ程度です。

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『噂・台風・そして青空』(応募外作品)



 H市への帰途、新大阪駅から新幹線に乗って、列車が西明石駅を過ぎる頃まで、砂田文夫はその日、本部の社長、小谷から聞かされた思いもよらないことについて考えていた。

いかに婚約中の仲だといえ、よりによってあの二人が三百人もの子どもたちを引率して行ったキャンプ場で、あんな破廉恥なことをするだろうか。 

いや、そんなことあるはずがない。あの二人に限って。 

とするとこの噂はいったい何なんだろう?

〈 二日目の夜、キャンプ場の食堂で、講師の浜岡康二と南三枝がやっていた

 口に出すのも憚るようなこんな噂、いったい誰が何のために流したのか?

 
 「あと約五分でH市に到着いたします」
ふいに車内アナウンスの声が耳に入り、文夫は頭を上げ、乗車して初めてまともに車内を見渡した。前方のドアの上の三号車という文字を見たあと、ふと横に目をやると、三人がけの席の真ん中を空けた通路側の席に、若くてすごくチャーミングな女性が座っているのに気がついた。

 オヤッ、あの人いつ座ったんだろう。おかしいなあ、こんな美人が近くに座っていることにも気がつかないなんて

 そうか、それほど小谷から聞いたあの二人についての噂話のことに気を取られていた訳だ。

 文夫はチラッとそんなことを考えて、少しなごり惜しい気がしたが、立ち上がって下車の準備をした。

 猛暑もやっと峠を越した八月最終週のその月曜日、大阪の本部で開かれた恒例の打合せ会議に臨んでいて、夕方から社長の小谷とホテルのバーで飲んでから、八時過ぎに帰途につき、列車が間もなくH市に着こうとしていたそのときはすでに九時を過ぎていた。

 三号車を出て出口のドアの前に立つと、列車はもうH市の駅のすぐ近くまで来ており、駅周辺の見慣れたネオンサインがキラキラと輝いていた。

 とにかく早く浜岡と南三枝に事情を聞いてみよう。でも電話で聞くにしても、こんな話を女房や子どもの前でするわけにはいかない。遅いけど、ひとまず事務所に戻ろう。そしてあの二人に電話して真相をただしてみよう。

 車中でずっと考えていて、そう結論づけていたことを文夫はもう一度自分意言い聞かせて下車すると、足早に出口のほうへ向かって歩いて行った。 

 駅前に出ると、近距離で運転手に嫌な顔をされるのは分かっていたが、それは承知の上でタクシーに乗った。いつもなら二十分ぐらいかけて歩いて行くか、バスに乗るかのどちらかなのだが、この日ばかりは気がせいていて、とにかく早くあの二人に電話しなければと、運転手の嫌な顔など、さしたる問題ではなかったのだ。 

 タクシーは三分ほどで花川町へ着き、歩道を五~六歩進んだ所にあるビルの細い階段を四階まで駆け上がり、事務所へ入るや否や、乱れた息づかいを整えようともせず、すぐ机の上に電話に手を伸ばした。

『アボーション・福寿荘の夏』(応募外作品)


 その冬の正月三日、終着駅の大阪まで帰るはずだったのに、どうした訳か進次は神戸の三宮で降りていた。

すでに午前0時を過ぎているというのに、降車ホームは帰省から帰る人々であふれており、出口へ向かう通路も押しあいへしあいで随分ゆっくりとしか進まないせいか、右手に二つ、左手に一つの荷物の重みが次第にずしっと肩にかかってきた。

「重たいでしょう、私ひとつ持ちましょうか」かたわらを小さな手提げカバン一つ持って歩く女が恐縮そうに言った。

 「いいですよこれくらい、これでもぼく男ですから」
力にはからっきし自信がないはずなのに、進次は見栄を張ってそう答えた。

 その女とはほんの三十分ほど前に知り合ったばかりであった。
 座席がなく、出口に近い通路に立っていた進次のすぐ横に、その女も窓の方を見ながら立っていた。

 三つぐらい年下だろうか、いや二つかな。ときおり横目で観察して、そんなふうに考えながら、進次はしきりに話しかけるタイミングを計っていた。

 確か姫路を過ぎた頃であったろうか、列車がガタッと左右に大きく揺れて、進次と女の身体が窓の方に大きく傾いて、お互いが体勢を整えたすぐ後で、弾みでなのか目と目が合った。

 「よく揺れますね、この列車」 女がまた窓の方へ向き直ったとき、その横顔を遠慮がちに眺めながら進次がはにかみ口調で言った。
 「えっ、ええそうですね」不意に声をかけられたせいか、女は少し戸惑いを見せながら、チラッと進次の方を振り向いて答えた。

 さっき思ったとおり、やはりこの人ぼくより二~三歳年下に違いない。

口紅はうっすらと塗ってはいるが、それ以外は化粧をしている様子もない。ほっぺたがつやつやと光っており、まるで少女のように染まっているではないか。

それに、さっき返事をしたときも、このぼく以上にはにかんでいて、まるで純情そのものだった。ひょっとしてこの人まだボーイフレンドがいないかもしれない。

進次はそんなふうに考えて、少し期待を膨らませながら次のセリフを考えていた。
  
 真冬とはいえ、通路の隅々までぎっしりと乗客の詰まった車内は人いきれとスティームの暖房とでむせ返っていて、両側の窓は真っ白に分厚くくもっており、その上に通過する街の灯がぼおーと鈍く映っていた。


『ニューヨーク・ウエスト97丁目』 (小説すばる新人賞1次予選通過作品)


およそこの乗り物には似つかわしくないガタゴトと騒々しい音をたてながらドアの閉まるエレベーターを背後にして、修一はおもむろにズボンのポケットに手を突っ込み、ひやっとした感触を指先に感じながらジャラジャラと鳴るキーホルダーを取り出した。

エレベーターからほんの五~六歩も歩けばそこに入り口のドアがある。

エセルはまだ起きているだろうかそう考えながら色あせたドアの上の鍵穴に太い方のキーを突っ込んでせっかちに回し、続いて下の穴へもう一本の細い方を差し込んだ。

下宿人としてこの家に初めて来たとき、通りに面した一階の正面玄関にも大きくて丈夫な鍵があるのに、どうしてこの六階の入り口のドアにもさらに二つのキーがついているのだろうかと、その念のいった用心深さをいささか怪訝に思ったものだが、後になって家主のエセルにその理由を聞かされ、なるほどと思った。

ここウエストサイド97丁目はマンハッタンでも比較的アップタウンにあたるウエストサイドの一画に位置している。この地域も今から約半世紀ほど前の一九三〇年くらいまでは、マンハッタンの住宅地の中でも比較的高級地に属していて、住む人々も、上流階級とまではいかないが、その少し下に位置するぐらいの、まずまずのレベルの人が多かった。

しかし年が経って建物が老朽化するに従い、どこからともなく押しかけてくるペルトリコ人が大挙して移り住むようになり、それにつれて前から古い住人はまるで追われるかのように、次第にイーストサイドのへ引っ越していった。

そして五十年たった今では、もはや上品で優雅であった昔の面影はほとんどなく、その佇まいは煤けたレンガ造りの建物が並ぶ灰色の街というイメージで、スラムとまではいかないが、喧騒と汚濁に満ちた、やたらと犯罪の多い下層階級のと化してしまったのだ。

住人の多くをスペイン語を話すペルトリコ人が占めているということで、今ではこの地域にはスパニッシュハーレムという新しい名前さえついている。
今年七一歳になり、頭髪もほとんど白くなったエセルは、口の端にいっぱい唾をためながら、いかに昔を懐かしむというふうに、こう話してくれた。

ここまで聞けばどうしてドアに鍵が多いのか修一にも分かった。つまりこの辺りは、犯罪多発地域で、泥棒とか強盗は日常茶飯事であり、ダブルロックはそれから身を守るための住人の自衛手段なのだ。

そう言えば、つい三日前にも、ここから数ブロック先の一○三丁目のアパートで、白人の老女が三人組の黒人に襲われて、ナイフで腕を突き刺されたうえ金品を盗まれたのだと昨日の朝、いきつけのチャーリーのカフェで聞いたばかりだ。

そんなことを思い出しながら、ドアを開け薄暗い通路を進み、正面右手の自分の部屋へと向かった。すぐ右手のエセルの部屋のドアからは明かりはもれていない。
 どうやら今夜はもう眠ったらしい。

今はマンハッタンのミッドナイト。昼間の喧騒が嘘みたいに、辺りは静寂に包まれている。部屋の隅にあるスチームストーブのシュルシュルという音だけが、やけに耳についた。

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