2025年7月31日木曜日

T.Ohhira エンタメワールド〈3〉ナイトボーイの愉楽(3)

  


                     
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「ナイトボーイの愉楽」 どんなお話?


舞台はまだチンチン電車やトロリーバスが走っていて、今 

比べて高層ビルがうんと少なくいくばくかののど

残っていた昭和37年頃の大阪

20歳になったばかりの浜田道夫は中之島のGホテルでナ 

イトボーイとして働き始めた

昼間は英語学校に通っていて、出勤するのは夜9時からだ

が、人とはあべこべの生活スタイルになかなか慣れず、最 

の頃は遅刻を繰り返しておりいつもリーダーの森下さ 

んに叱られバツとして300ぐらいある客室へ新聞配 

 ばかりやらされて腐っていたそんな道夫にこの上なく

 がときめく出来事が巡ってきたホテルへ通ってくるセ

シーな美マッサージ師の11番さんに声をかけられ

 のだ 

「お歳いくつ?、昼間は何しているの?」と。


 

〈登場人物》


浜田道夫 20歳 昼間英語学校に通いながら、夜9時か 

ら中之島のGホテルでナイトボーイとして働いている


森下さん 22歳(大学4年生) ナイトボーイのリーダ 

 しっかりしている


小山くん 19歳 道夫の1年後輩のナイトボーイ 道夫 仲良し

 

下津先輩  21歳(大学3年生) 1年先輩のナイトボー  要領いい男


マッサージ師11番さん ホテルへ通ってくるマッサージ

師、年齢は三十代後半か、人目を惹くセクシーな美人


その他

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エレベーター当番はほぼ一日一回の割合でまわってくる。 このエレベーターも夜十時までだと自動になっており、この運転に何ら人手がかかることはない。十時以後、あえて手間と人手のいるこの方法がとられているのには訳がある。  

 

最高級とは言えないまでも、このGホテルとて、大阪の中心部にある、まず一流と言っていい高級ホテルである。日々の宿泊客には外国人も多く、日本人客にも著名人が多い。それ故、なにより格式を重んじるのだ。レストランのディナーには上着とネクタイの着用なしでは入れないし、外部からの面会客とも原則としてロビーでしか会えない。

 

とはいえ、この外来客の看視も昼間だとそれほどでもないのだが、夜十時以降となるとそれまでとは違っていささか厳しくなってくる。不審人物の闖入を防ぐのはもちろんだが、それ以上に気をつけなければならないのは、シングル客の男性の部屋への外部からの女性の来客なのだ。これを許すことはホテルの格式を下げる最大の原因になると支配人以下、社員はみな考えていた。 


エレベーターを手動にしておけば客が勝手にフロアに上がって行くことはできない。でも、それで万全だとも言えない。あがろうと思えば階段だって利用できるし、手動といえども操作は簡単で、ハンドルを握って下に倒すだけの操作で客自身が動かすことだって出来るのだ。

 

道夫などのナイトボーイの面々が、その前に立って外から入ってくる客を注意深く看視しながら、自らエレベーターを運転してフロアまで送り届けるのは、そうしたことを防ぐのが目的なのだ。でも一流と名のつくこのホテルの客は概してマナーが良く、シングルルームへ女を連れ込もうとする不埒な男はめったにいない。困るのはツインの部屋に一人で泊まる外国人男性客なのである。  

 

ツインだからベッドは二つある。横のベッドが一つ空いているとなると、これを有効に使いたいと思うのは人情である(特に男の)。 その結果が外出した先の酒場の女とか、街の女を連れてのご帰館となる。こうしたカップルがエレベーターの前に現れた時こそ、エレべーターボーイの働き時なのである。


そんな時は、まず失礼のないようにさりげなく相手にルームナンバーを聞き、部屋がツインだと分かれば一応黙ってエレベーターを動かして客室のフロアへと送り届ける。そして一階へ下りてくると、すぐフロントと事務所へ行き宿泊カードに目を通して、その部屋の登録名と登録人数を調べる。カードにミスターアンドミセスなにがし計二名と記入されていれば問題なし。


外人男性と日本人女性のカップルでも夫婦はありえる。例え女性の方がいかにもその種の女に見えたところで、二名宿泊のための手順と形式は整っていて、こちらがあれこれ言うことはできない。疑わしきは罰せずで、要はその客のやり方がスマートなのだ。


そうでないのは宿泊カードにミスターなにがし一名とだけ記入されている場合である。これでは二名宿泊のための形式は整っておらず、明らかに連れ込みと判断せざるを得ないからだ。


でもそんな時でも、道夫個人としては、 ツインルームなんだしまあいいじゃないか。 と、大目に見たい気がするのだが、それでは職務がまっとうできない。それで仕方なくフロント係にこう報告するのだ。

 


「今帰ってきた一一三八号室の外人客、部屋に女を連れ込みました」と。

 ナイトボーイの職務はそこまでで、その後の処置は報告を受けたフロント係の任務であり、客を説得して女を外に出すか、はたまた逆に客に丸め込まれて、そのままそってしておくのか。でもそれはどっちだっていい。これは処理に当たったフロント係りの性格の問題なのだ。道夫は常々そう思っていた。

 


エレベーターを一階に戻して、その前に立ち客が途絶えたしばしの間、またマッサージ師の十一番さんのことを考えていた。

 


今夜はまだ一度も見てないけど、彼女休みなのだろうか? この時間だと客からの注文も多く彼女らの出入りは最も多いはずなのになあ。

 


十時からの約三十分の間に四人のマッサージ師をフロアに上げ、三人を一階に下ろしていた。その中には会う度に、どうしてこんな人が、と思わせるほどの知的で清楚な感じのする十四番さん。いつもニコニコしていて、よく話しかけてくる九番さんなどがいたが、お目当ての十一番さんはいつまで待ってもいっこうに姿を見せなかった。

 


「あと二十分なのになあ。今夜はこれで当番は終わりだし、会えないとなると残念だなあ」


またエレベーターに近づいてくる客に会釈しながら、制服の白衣の下からぽっこり盛り上がった十一番さんの胸のふくらみを思い出していた。

 


それから十回位エレベーターを上下させて、時計が十一時を二分過ぎたところで次の当番の下津さんに引きついだ。ちょうどその時だった。正面玄関の自動ドアが開いて、手に白衣をかかえた十一番さんが入ってきたのは。 

「あーあ残念、タッチの差だ」

 


そんな悔しい思いを残しながら、道夫は次の当番であるティラウンジの方へとしぶしぶ歩いて行った。


つづく


次回 8月7日(木)